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67 思うこと

「…… なんでこっちにいるんだよ」  店内に入った瞬間「いらっしゃいませ」と聞こえてきた声は紛れもなく謙誠さんの声だった。 「珍しいね! 竜太君もいらっしゃい。久しぶりだな」 「こんにちは。変な時間にすみません」 「いや、大丈夫だよ。まだランチタイムだし、お昼食べに来たんでしょ?」  謙誠さんは制服を着て従業員と同じく店内で接客をしていた。こんな姿も珍しい。若々しいその見た目で、周さんのお父さんだなんてきっと誰も思わないだろう。 「まさかいるなんて思わねえじゃん」 「なんだよ、僕を避けて来たの? 残念でした。今日はホールの手伝いしてるんだ」  ユニフォームも似合うだろ? と謙誠さんは嬉しそうに周さんに向かってくるりと体を回す。 「お前がウロウロ働いてたら従業員やり辛えじゃん、なにやってんだよ」  謙誠さんに奥の個室に案内してもらい、僕はメニューを眺めている。周さんの謙誠さんに対する振る舞いは相変わらずだけど、なんとなく嬉しそうに見えたのはきっと気のせいじゃない。謙誠さんは言わずもがな急な周さんの来店にご機嫌だ。 「デザートはサービスするから。ゆっくりしていってね、竜太くん」  ひとしきり楽しそうにお喋りをした後、謙誠さんはホールに戻って行った。 「相変わらずうるせえ男だな、謙誠は」 「ふふ、謙誠さん嬉しそうでしたね。デザート得しちゃったね」  僕は周さんと同じランチセットを選び、最初に運ばれてきたサラダをつつく。ソファにゆったりと寄りかかったままの周さんはそんな僕をチラリと見てふぅっと小さく息を吐いた。 「あのさ、ここんとこたまに思ってることがあってさ……」  何か言いにくそうにポツリポツリと口を開く周さん。僕はなんのことだか見当も付かず、その後に続く言葉を素直に待った。 「俺と竜太のことをさ、ちゃんと話そうかなって思っててさ──」 「え? それって……」 「ああ、俺は女と結婚して所帯を持つつもりはねえし、竜太と一生涯共にいるって」  年相応になり、事あるごとに謙誠さんから「結婚」の話が出ていたらしく、期待させ続けるのもなんだからとこの際はっきりと伝えようかということらしい。 「……うん」 「あ、竜太が嫌ならもちろん今まで通りでいいんだ。ごめんな、そんな顔させるつもりはなかった。そうだよな、困るよな」  周さんは謙誠さんからの期待が面倒だからってだけで、僕の気持ちが最優先だと言ってくれた。それに子どもじゃないんだからわざわざ親に報告だって必要ないとも。  僕は別に話してほしくないわけじゃないんだ。自分からは言わないだけで別段隠しているわけでもない。僕の母さんはともかく、父さんはきっと僕と周さんの関係は単なる仲のよい先輩後輩という認識だろう。それも間違ってはいないから、わざわざ訂正することもしていない。でも雅さんは僕らの関係をちゃんと理解してくれているから、謙誠さんには雅さんから伝わっているんじゃないのかなって思っていた。それでも謙誠さんが周さんに結婚の話を持ちかけているということは、悲しいけど男同士で……そう、僕と周さんの関係は認めていないのだろうと察しがついてしまう。改めて打ち明けたところで謙誠さんも周さんも傷つく未来しか見えないのが僕は心配なんだ。 「いやさ、今日は謙誠に会おうと思って来たわけじゃないんだけどよ、あいつがここにいたのはほんと偶然」 「僕は周さんの好きにしてくれて全然いいんですけど……」  今の世の中が同性同士でも「結婚」できれば、こんなことで悩んだり考えたりしなくてもいいのにね。ここ最近の周さんの様子を思い返し、きっと僕以上に色々と思うことがあったのだろうと察することができた。

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