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72 きっかけ

「ああ、あれね。俺はつけてないけど……」  高坂先生が席を外している間に、僕は志音に指輪のことを聞いてみた。養子縁組をしたときは書類だけの手続きだったけど、一緒に生活を始めて一年くらい過ぎた頃、改めて高坂先生からプレゼントされたのだと嬉しそうに教えてくれた。  実は僕も高校生の頃、周さんに指輪をプレゼントしてもらったことがあった。当時は嬉しくて「チェーンに通して、見えないようネックレスに」と言っていた周さんを無視して左手の薬指にはめていたけど、いつの間にやら言われた通りにネックレスにして首からかけるようになっていた。 「見て。僕もね、今日はこれつけてるんだ」  そう言って僕は志音に見えるように襟を少し開いて指輪を見せる。人の幸せを目の当たりにして自分も少しだけ自慢したくなったんだ。そんな僕の心情が伝わってしまったのか、クスッと笑われてしまったのが恥ずかしかった。 「ふふ、竜太君とおそろじゃん俺」  志音は照れ臭そうに僕と同じように襟元からネックレスを取り出した。そこには高坂先生とお揃いの指輪が通してある。二人で指輪を見せ合っていたら背後から声がかかった。 「なに二人して可愛いことしてるの?」  カウンターで悠さんとお喋りしていた高坂先生がいつの間にか後ろに立っていて、志音の肩を抱きながら隣に座る。 「竜太君、それ高校の時に指にしてたやつだよね?」 「そう。覚えてる?」 「そりゃ覚えてるよ。周さんからもらったんだーって言って、竜太君の嬉しそうなあの顔ね」 「……やめて、恥ずかしい」  あの頃はなにも考えずに左手の薬指に、それこそ誇らしげにはめていた。周さんと違って元々アクセサリーを付けるタイプではない僕は、いつからか周りの目や指輪の意味を深く考えるようになり、胸元に隠すようになってしまった。  志音の場合は人に見られる「仕事」の都合。高坂先生はパートナーがいるという意思表示のため。それに二人は籍も入れて実質結婚しているのと同意だ。お揃い、なんて言っても僕のそれとは意味が違う。 「結婚かぁ……」  思わずついて出てしまった言葉に、僕らの話には興味がなさそうに悠さんのおじやを一人頬張っていた康介が顔を上げた。 「どうした、竜?」 「いや、ちょっと羨ましくなっちゃった」  素直に思ったままを言ったら、康介は目を剥いて「今更かよ」と笑うけど、この手の話をする時は康介は気が乗らないのか他人事のようにそっけなくなる。僕らにとって結婚は縁遠い話だから、昔ほどこういった話はしなくなっていた。 「でもさ、実際なにがきっかけで籍を入れようってなったの?」 「おい、竜、飲み過ぎ」 「飲んでないし酔ってもないよ。飲み過ぎなのは康介でしょ」  別にタブーな話でもないだろうに、変なことを聞くなよと言わんばかりに康介は僕を見る。 「康介だってさっきは斎藤君に色々聞いてたくせに」 「だってそれは……」 「あー、話したことなかったっけ? 報告した時言わなかったかぁ」  康介の動揺をよそに、志音はチラッと高坂先生の顔色を伺ってから話し出した。 「真剣に“同じ籍に入りたい“なんて言われちゃったらさ、嬉しいじゃん? 俺だって」 「あ、高坂先生からだったんだ」  敦さんと悠さんのあの「公開プロポーズ」を見て、色々考えるようになった末の結果なのだと二人は笑った。 「うん、でも実は付き合い初めにはもうプロポーズみたいなこと言われてたんだよね。陸也さん覚えてるかわかんないけど」 「え? プロポーズ? 俺?」  志音いわく、初めて好きだと言われたその時に「俺と家族になってくれ」とはっきり言われたんだとか。 「付き合い始めって高校生の時じゃん。それはやばくね? だってそもそも未成年……」 「いいんだよ、ちゃんと成人してからって言ったから……」  「陸也さん、覚えてるんじゃん」 「……当たり前だろ」  康介は「なんか惚気られた」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。  

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