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74 知らない男
こんな日は無性に周さんに会いたくなる。普段から甘えたの僕はお酒が入ると余計にだ。でも今日のそれはいつもとはちょっと違っていて、甘えたいというよりもこの楽しかった気持ちを共有したいと思ってしまった。
久しぶりの友人との再会。互いの近況報告。斎藤君の結婚の知らせと、志音と高坂先生が決めた養子縁組という家族の形の話。僕は今どうこうしたいというわけじゃないけど、今日感じたことを周さんと話したい。
日々の忙しさに流されるように、なにも変わらず毎日を過ごしている。話を避けてきたわけではないけど、これからの僕らのことや、気のせいかもしれないけど、たまに距離を感じてしまう寂しい思いも周さんと共有したい。お酒が入った今なら素直に全部話せるかもしれないと、少しずるいかななんて思いながら、周さんにメッセージを送った。
「あ、ちぇっ……今日は会えないのか。残念」
道すがら周さんにメッセージを送ってみたものの「今日は行けない」と素っ気ない返事が来ただげだった。はっきりと「行けない」と言っているわけだから、きっと夜中に来ることもないだろう。肌にあたる夜風が冷たくて余計に寂しさが増す。僕はポケットにスマートフォンをしまい、早く帰ろうと足を進めた。
「おい! お前!」
突然背後から肩を掴まれ、乱暴に揺さぶられる。軽くお酒も入っていたせいか呆気なく足元がふらつき、僕は見事に尻餅をついてしまった。
「痛っ……え? なに? 誰?」
声の方を見ても、そこに立っている人物の顔に全く心当たりがない。人違いか何かだと思っても、その人は僕のことをまっすぐに見下ろしていた。
「誰? じゃねえんだよ! ふざけんな!」
「え? え? 僕?」
尻を払いながらフラフラと立ち上がり、この人は誰だろうと記憶を手繰る。知り合いでもなさそうだし、ましてや僕が誰かに怒られるようなことをした覚えもない。マンションまであと少しなのに、また変なことに巻き込まれてしまったのかと動揺するも、酔いのせいであまり深刻に考えることができなかった。
「なんなんですか? 人違いでしょ。どちら様です?」
いきなり乱暴にされ、失礼な人だとイライラする。こういう人は相手にしちゃダメだとわかっていたのに、思わず声を荒らげてしまった。
「用がないなら帰りますんで、どいてください!」
周さんが見たら「なにやってんだ!」と怒りそうだけど、気が立っていた僕は臆せずにその人を押しのけるようにして歩き始める。僕が歩き始めても訳のわからない文句を言いながらついてくるから仕方なしに立ち止まり振り返った。
「なんなんですか! ついて来ないでくださいよ」
「お前! いつも近くにいるからっていい気になんなよ! 図々しく付き纏ってんのはお前だろうが! いい加減にしろよ」
「は? いい加減にしろってこっちのセリフ! 僕が付き纏ってるって何のこと?」
怒ってるこの人の言っていることはチンプンカンプンだ。もういいや、と、このまま無視して帰ろうとしたら、壁に突き飛ばされてしまった。顔を真っ赤にして僕の胸ぐらを掴み、頭突きをしてきそうなくらいの勢いで「ふざけんな!」と凄まれる。
「あいつはなー、俺じゃないとダメなんだよ! 何か事情があるんだろ? 俺以外の奴に行くなんてあり得ないんだよ」
「さっきから何のこと言ってるんですか?? 痛っ! ちょっと! やだ! 放してください!」
一体「あいつ」とは誰のことを指しているのか。僕が付き纏ってる? 誰に?
僕は胸ぐらを掴まれたまま激しく揺さぶられ、しこたま背後の壁に頭を打ち付けられていた。
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