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76 救世主

 僕の方を覗き込んできたその人物を見て思わず大きな声をあげてしまった。 「望君っ!」 「はぁ……大丈夫?」  いかにも面倒臭そうに溜息混じりで僕に言う望君は、そのまま男にスマートフォンを見せつけながら近づいてきた。突然の救世主にちょっと泣きそう。 「これ以上なにかすれば警察呼びますよ?」 「は? だってこいつが!」 「彼は無関係でしょ。ね? 竜太君」 「あ……はい。僕、梅北先生とは仕事の同僚ってだけで何にもないです」  ストーカーの彼は望君の圧に負けたのか、ごにょごにょと何かを言いながらこの場から立ち去った。  望君は全体的に黒っぽい服装なのと、キツい目つきで無表情なのが相まってやっぱり怖い印象だ。おまけに僕は望君からあまりよく思われていないみたいだから少し緊張してしまう。それでも助けてくれたし、今まで「君」としか呼んでもらえてなかったのが初めて「竜太君」と名前で呼んでもらえたことに気がついて、嬉しくなってしまった。 「ありがとう。望君が来てくれなかったらもっと面倒臭いことになってた」 「たまたま通りかかっただけだから。てか君、ほんと鈍臭くてびっくりするわ」  そう言って望君は僕の足先から頭のてっぺんまでジロリと視線を投げ、ため息を吐く。「ほら、行くよ」と手を引かれた僕は意味がわからなくてキョトンとしてしまった。 「怪我。あちこち怪我してる。とりあえず手当てするから」 「え? 大丈夫だよ。僕の家すぐそこだからさ」 「俺の家はここ──」  そう言って振り返り、望君が指差したのは目の前のマンションだった。 「えっ? ええっ? ここ?」 「そう。ここな」 「嘘でしょ……僕の住んでるマンションと目と鼻の先、全然気が付かなかった……」  望君に関してはほとんど付き合いがなかったせいで僕はあまり知らない。バンドメンバーとしての望君、それも周さんを通して聞く望君の姿がほとんどで、何年か前、それも望君が加入したばかりの頃に数回、ライブの打ち上げで一緒になったくらい。プライベートな一面を垣間見たのは初めてだ。  ぶっきらぼうだけどこうやって優しくしてくれるのは、僕が思うほど嫌われてはいないのかな、とまだ繋がれたままの手を見て思った。 「ほんと、ごめんね。なんか申し訳ない──」 「いいから。ほら、早く入って」 「あ、お、お邪魔します……」  僕の家も近かったし帰ってもよかったのだけど、望君に手を繋がれたまま離してもらえる雰囲気でもなかったから、結局お邪魔することになってしまった。  初めて入った望君の部屋はすっきりと片付いていて、物も少なく冷たい感じ。それでも家具に統一感があり僕の部屋なんかよりずっと大人っぽくてお洒落な部屋だった。  

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