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77 優しさの裏には
「うわぁ、綺麗にしてるんだね」
「定期的にハウスキーパー頼んでるから」
「……なるほど。部屋、すごく広いもんね。僕の部屋とはえらい違いだ」
普段から留守にしがちで、掃除や洗濯など一通りの家事はハウスキーパーに任せているらしい。「君の部屋は知らないけど──」とジロっと僕を見て望君が話を続ける。
「あんなボロアパート、周の方がおかしいんだよ。周だってこのくらいの部屋、住めるのに……」
そう呟くように言った望君は、心底面白くなさそうにため息を吐いた。このため息も僕と会ってから何回目だろう。わかりやすすぎて逆にちょっとおかしくなってくる。それほど嫌われていないのかな、なんて思ったけど、やっぱりそうでもないらしい。
確かに周さんもこのくらい素敵なマンションに住めるくらいの収入はあるはず。だけど僕の家にいることの方が多いとはいえ、周さんの住まいはいまだにあのアパートだ。引っ越しが面倒臭いとか別に不便していないとか、そんな理由を以前聞いたような気もするけど、もしかしたら雅さんと二人で幼少期から生活していたあの部屋に多少なりとも思い入れもあるのかもしれないな。
「はい、ぼさっとしてないでこっち来な」
救急箱を持った望君に呼ばれ、僕は素直に近づく。促されるまま目の前の床に座り、望君に腕を差し出した。
「喧嘩してたわけでもないのに、なんでこんなに擦りむけてんの? あんなの無視してさっさと帰ればよかったのに」
「あっ、痛っ。ほんとだ、怪我してるの気が付かなかった……って、あんなふうに絡まれたら無視できないよ」
どうやら望君はたまたまだったにしろ、僕が絡まれていた一部始終を初めから見ていたらしい。ならもっと早くに声をかけてくれればよかったのに、なんてちょっと思ったりして……でもこうやって助けてくれているんだから文句は言えない。
「あとここ、後頭部もちょっと擦れてるっぽいから頭洗う時気をつけな。てか、あいつなんなの? 君の知り合いじゃねえだろ?」
「あー、えっと、知らない人なんだけど、僕の同僚の元彼らしくて。その……僕のことを新しい彼氏かなにかだと思ったみたいで……」
「は? なんだよそれ、かなり迷惑な話じゃね? その同僚とやらにちゃんと言っておけよ?」
ちょっと乱暴だけど、望君は優しく丁寧に僕の傷を消毒してくれ、しっかり手当てをしてくれた。
「なんかごめんね。望君、意外に優しくて僕びっくりしちゃった」
「は? 意外にってなんだよ。別に優しくなんかないけど」
望君は優しくないとか言いながらも、さっきの騒動もちゃんと動画に撮っておいてくれていたらしく「何かあったら使え」と僕に送ってくれた。もちろん梅北先生にはしっかり事の顛末を警察に相談するように言っておけとも。
「ほんと、望君いてくれて助かったよ。ありがとう」
「いや、逆になんでそんなに呑気なわけ? 理解できねえな。てか手当ても終わったんだから早く帰れよ」
「あ、ごめんごめん。そうだよね、遅くにほんとありがとう」
優しいんだか冷たいんだか相変わらず混乱するけど、いい方に考えるようにしようと自分を納得させ、僕は周さんから何かメッセージが入ってないかとスマホを確認する。今日は来ないと言っていたけど、お休みの挨拶くらいは入れておきたい。玄関に向かいながらスマホの画面をタップすると、背後から望君の独り言のような声がボソリと聞こえた。
「──俺は認めてないからな」
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