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78 否定の言葉

 一瞬空耳かと思った。 「望君?」  靴を履き、振り返り見ると確かに僕の顔をじっと見ている望君と目が合う。  僕が誰とどう付き合おうと勝手だ。周さんだってそう。微かだけどしっかりと聞こえた「認めない」という言葉は僕と周さんのことだと感じ、不快に思いながらも黙っていられず冷静に理由を聞いた。 「無自覚だろうけど、周は君が関わるとパフォーマンスが落ちんだよ」 「え……」 「仕事だって君優先みたいなところがあるし。はっきり言って、迷惑」  今までまるで気にしたことがなかったと言えば嘘になる。そもそも学生の頃とは違い、たくさんの人と関わりバンドの活動を仕事にしている。確かに僕を優先しているのは否定できないところでもあるけど、だからと言って周りに迷惑をかけるまでのことはしていないはず。周さんだってちゃんとそういうところはしっかりしているはずなんだ。でも実際全てを見ているわけじゃないから強く反論できなかった。 「いつになったら別れるの? なんなら俺にしとく?」  馬鹿にしたような笑顔を向ける望君に、僕は「今日はありがとう。もう帰るね。迷惑かけました」と平静を装いお礼を言うことしかできなかった。「俺にしとく?」の意味はよくわからない。僕のことが嫌いなくせにどの口が言っているのだと喉まで出かかったけど我慢した。  悔しかった。理解してくれなくてもいいと思っていても、こうまではっきりと否定されるのはやっぱり堪える。前々から望君の僕や周さんに対する言動は一貫していた。色々言われていたのも知っている。でも面と向かってはっきりと言われたのはこれが初めてだった。勿論身を引くなんてこれっぽっちも思わないけど、僕の存在が周さんの演奏に影響があるのだとしたらこれからの付き合いを考えないといけないのかな、と少し思う。どうしたら最善なのか……悶々と考えながら、自分の部屋に着いた僕は周さんに帰宅した旨だけをメッセージに送った。  今日は同窓会で懐かしい面々と楽しく過ごせたはずなのに。  周さんと幸せな気持ちを共有したかったはずなのに、今は真逆な気分だった。先ほど送ったメッセージにはすぐに既読がつき、スマートフォンの画面のすぐ向こうに周さんを感じる。望君に言われたことはとりあえず僕の胸の中にしまっておこう。  シャワーを浴び、ベッドに潜るまであと数分、というベストなタイミングで周さんから着信が入る。いつもこうやって僕がベッドに入るタイミングで電話をくれるのは、少しの他愛ない会話で僕がそのまま眠れるようにという周さんの気遣いだ。優しい声の「おやすみ、また明日」を聞きながら、僕は気持ちよく眠りにつく。今日はちょっとモヤモヤしたけど、また明日からいつもの日常に戻るんだ。

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