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82 苛立ち
気がつけば周さんからの連絡が途絶えてだいぶ経つ。僕から意識的に連絡をしなければ繋がりが薄れていくのかと少し寂しく思った。いや、そんなこと今更、今更不安になるようなことでもなかろうに、この時の僕は過去の自分のように自信が持てなくなってしまっていた。
僕の中で絶対的な存在な周さん。出会ったばかりの頃こそ不安になったりすれ違ったり、喧嘩だってしたけれど、ここまで長く一緒にいて二人で培ってきた互いの存在は紛れもなく大切なもので、疑う余地などなかったはずなのに……
「なんで僕のことを無視するんだよ……」
なまじムキになっていた僕は頑なに周さんに連絡を取ることを絶っていた。子供じみてる、バカらしい、わかっている。そんなモヤモヤとした気持ちのまま、僕は一日一日をただただ過ごしていた。
「アマネとノゾム、最近ほんと仲良さそうですよね。最初の頃なんてむしろ仲悪いのかと思ってましたもん私」
学校の職員室──
隙あらば話しかけてくる梅北先生の他愛のないお喋りも今の僕にとってはチリチリと煩わしいノイズに感じる。不機嫌な僕のことなど全く気にもとめない彼女はコソコソと声をひそめ、笑いながら話を続けた。
「ほらー、見てくださいよ、これ。絶対狙ってますよね。ふふふ、渡瀬先生BLって知ってます? こういうのってぇ──」
「梅北先生! 採点途中でしょ? お喋りばっかしてると、間違えますよ! てか僕もプリント作ってるんで邪魔しないでください!」
我ながらイライラしすぎだ。思わず声を荒らげるも、シュンとしてしまった梅北先生に申し訳ない気持ちになった。梅北先生は周さんたちのファンとして、彼らの友人である僕とのお喋りを楽しんでいるだけだ。まあ仕事中ってのはいただけないけど。
すっかり静かになってしまった梅北先生の横で、僕もさっさと仕事を終わらせ今日もひとり寂しく帰宅する。どうせスマートフォンを眺めていたって周さんからは連絡は来ないのだから、嫌な気持ちになる前に眠ってしまおう。自分一人のために料理をするのも億劫だから、弁当でも買って帰ろうと近所のコンビニに立ち寄った。
「あ、こんばんは」
「ああどうも……」
こんな時に一番会いたくない人に出会してしまう。気がつかないふりをしようとしたら目が合ってしまい、しょうがなしに挨拶をする。明らかに面倒臭そうな顔をするけど僕だって同じ気持ちだ。その表情だけでだいぶ失礼に感じた僕は、さっさと買い物を済ませて帰ろうとするも「ねえ」と呼び止められてしまった。
望君は僕の持ったカゴの中身をチラッと一瞥し、「君、料理得意なんじゃなかったっけ?」と鼻で笑った。いちいちバカにしたような話し方は相変わらずで、僕は早くこの場を去りたくて「ああそうですね、はい」と、適当に返事をする。
「そっか、作る相手がいないんじゃ張り合いないか。今日は恋人さんは来ないもんな」
嫌みたらしくそう言った望君が手にしたビールは周さんが好んで飲む銘柄のビールだった。そしてカゴの中を盗み見ると、それとはまた違ったビールが数本あり、僕は直感的に周さんは望君の家にいるのでは、と察してしまった。もちろん「浮気」とかそんなんじゃないのはわかってる。プライベートでは交流がないのはずっと前から知っている。恐らく打ち合わせとかそういった仕事関係で周さんは望君の部屋にいるのだろう。なんなら別に二人きりとも限らないし、僕が腹を立てることなんて何もないのだ。
「やっぱり周は君が側にいない方がいいと思うよ」
すれ違いさまコソッと耳打ちされた僕はカッと頬が熱くなるのを感じた。それでも何も言い返せずに聞こえなかったふりをして店を出る。悔しさと「なんで?」という気持ちがぐるぐると頭の中を侵食していく。
結局部屋に戻っても望君のおかげで僕は最悪な気分のままだ。適当にシャワーを済ませ、買ってきた弁当をかっ込み、文字通りベッドに潜りふて寝した。
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