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84 現実
「なあ……竜太」
そおっと掛け布団をずらし、背後から僕のベッドに周さんが入ってくる。耳元で優しく囁く周さんはいつも通り。僕はそんな周さんの言葉に反応せず、聞こえないふりをしてそのまま目を瞑った。
「おーい、竜太ってば……」
「………… 」
ふわりと周さんの腕が伸びてくる。普段ならそのままギュッと抱きしめられ、その優しい手が僕の体を弄ってくるのを期待して気持ちが昂ってくるのに、今日は全くそんな気にはなれず周さんのその手を僕は制してしまった。
「んっ、やめてください……僕、明日も早いんでもう寝ます」
思いのほか冷たい物言いになってしまいはっとする。僕はいつまで嫌な気持ちを引きずっているのだろう。
こんなはずじゃなかったのにな。周さんのことはずっと変わらず大切だったはずなのに酷い態度をとってしまった。
「竜太?」
周さんはそんな僕に怒るでもなく、不思議そうに「どうした?」と顔を覗き込んでくる。僕にかまわないで放っておいてほしい。嫌われたくない……いやいっそのことこんな僕に呆れて嫌いにでもなってくれればいい。そうすれば楽に身をひくことができるかも、なんて嫌な思いが頭をよぎった。
見られたくない。ああ嫌だ、馬鹿みたいだ。ありもしない先の未来を想像してる。目の奥がじわりと熱くなるのがわかって慌てて手で顔を覆った。
「は? どうした? なんで泣く?」
そのまま押さえつけられように抱きしめられ、僕は周さんから顔を背けることもできない。オロオロと心配そうな周さんの顔。
周さんのせいじゃない。周さんからしてみたら訳がわからないだろう。僕が一人で勝手に思い悩んでしまっているだけなのだから。僕はどうしようもなくちっぽけな人間で嫌になる。こうやって当てつけのように態度に出して、大好きな人を困らせてしまっている……
なにやってんだろうね、僕は。
「なんでもないです。ほっといてください」
「あ、おい」
逃げるように背をむけ、顔を見られないように勢いよく布団をかぶった。
── やっぱり周は君が側にいない方がいいと思うよ。
望君が哀れみの表情を浮かべているのが見える。なんでこんな時に思い出してしまうのだろう。望君の言う通り、こんな面倒臭い僕なんかの相手をする周さんが気の毒に思えてくる。才能もあってたくさんのファンに期待され、これから更に周さん達は注目されていく。そこにこんな何者でもない僕なんかがくっ付いていていいわけがない。友人ならまだしも、同性の恋人としてそばにいることは周さんにとってリスクでしかない。いい印象なんて持たれない。望君の言うことは正しいんだ。大人になった今ならわかる。そう、これが現実。
「ごめんなさい、泣いてないです。僕、もう寝ます……」
「え? あ、竜太……」
今までの僕から見たら信じられないほどの自信の喪失。いろんなことがありすぎて自分でもよくわからなくなってしまった。周さんを信用していないわけじゃない。それなのに僕の心は薄暗い嫌な影が広がっていく。
もやもやとしたまま微睡むもいつの間にか眠りについていた。僕が目覚めた時にはすでに周さんの姿はなく、自業自得な寂しさに襲われた僕はいつもと同じ朝を迎えた。
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