3 / 35

第3話

 講義が終わって、夏樹のいるゼミ室へ向かうために歩く。  あいつは院生だから、同じ敷地内にいるとは言え、棟が違う。私は文系だが、あいつは理系だ。医師免許を取得できるくらいの地頭の良さがあるのに、たまにバカになるのが大問題だが、根が優しくて、お人好しなので、なんとも言えない。誰にでも優しく丁寧に応対するから、昔は女子にモテていたような記憶がある。もっとも、彼の性格だと「友達には良いけど恋人にはしたくないタイプ」らしいが。  花壇はもう冬が近いからか淋しいことになっている。土の色しか見えない。冬に咲く花があるのか私は知らないが、用務員さんが何か種を植えているのを見たので、春にはまた花が咲くはずだ。通りがかる度に見ておけば、観察日記でも書けそうだな。  そんなくだらないことを考えつつ、スポーツ医学ゼミのドアをノックする。複数人の声が聞こえたので、ドアを開く。 「やっほー、夕顔くん。夏樹くんなら購買に行ったよ」 「そうですか……」  夏樹と同じゼミ生の名前は覚えていない。アメリカからの留学生の女性となんやかんや言ってきた男性がいる。3人だけのこじんまりとしたゼミ室だ。他のゼミにはもっと人がいたような気がするが、どうやらここは少人数制を貫いているらしい。隣の部屋にいる教授のこだわりなのかもしれない。  購買に行っているらしい彼を待つためにイスに座る。夏樹のデスクは相変わらずごちゃごちゃしている。部屋もごちゃごちゃしているが、あいつはどこに何があるのかをしっかりわかっているので、勝手に動かしたほうがわからなくなるらしい。一度勝手にデスクを片してやったら「何処やったっけ!?」とずっと探していた。あれは悪いことをしたような気がする。あくまで気がしただけだが。  パソコンのデスクトップ画面には、彼と私が映っていた。前までは犬だったような気がするが……、開き直ってこうなったのかもしれない。まあ、私と夏樹が付き合っていることについては……キャンパス内でけっこう広まっているので……、良いか。 「そういえば夕顔って、夏樹のどこが好きなんだ?」 「犬っぽいところ」 「あはは、たしかに犬っぽいなぁ」  苦笑いをされた。何かおかしなことを言っただろうか。好きなところを尋ねられてすぐに返せただけでも良かったぐらいだと思う。本人がいたら何も言えなくなりそうだから。 「あっ、小焼もう来てたのか! わりぃ!」 「別に何も悪くないです。購買に行ってたらしいですが?」 「そうそう。レポート用紙を切らしててさ、買いに行ってたんだ。今回は手書きじゃないと受理してもらえないやつだからさ」 「言ってくれたら私のを渡したのに」 「いやいや、消耗品だから悪いって。そんじゃ、帰っか。パソコンをシャットダウンしてくれな」 「電源ボタン長押しで良いですか?」 「データが飛ぶからやめてくれぇ!」  泣きそうな声で言われたので、素直にシャットダウンをしてやった。  夏樹のパソコンには大事なデータが多く入っているはずだ。こいつのことだから、バックアップを取っていない可能性もあるので、データをぶっとばすのはまずい。また三日ぐらい徹夜でレポートを仕上げようとするから、絶対に阻止しないと。  ゼミ生に別れを告げて、駐車場に向かう。夏樹の車は緑色をしているのでわかりやすい。変な名前をつけられていたはずだが、忘れた。きっとくだらない。ネーミングセンスが壊滅的だから、覚えている必要も無いような名前だったはずだ。  車の助手席に乗り込んで、コートを脱いで、シートベルトを着ける夏樹は鼻歌交じりにカーステレオをオンにした。途端によくわからない音楽が鳴り響く。ラジオが流れているはずだが、知らない曲だ。 「おっ、このバンド新曲出したんだなぁ」 「全く知らないです」 「あはは、だよな。最近メジャーデビューしたばかりのバンドなんだ。おれはインディーズ時代からのファンだけど、昔ライブ見に行ったら客が5人しかいなくってさぁ、それはそれで、めちゃくちゃ応援しよう! って、思ったよ。こんだけビッグになってくれて嬉しい!」 「そうですか」 「興味無いって反応だなぁ」 「いえ。興味無いわけではないですよ。夏樹が何を好きなのかは気になりますし……」  言葉を返したところで、夏樹は目を大きく見開いて驚いている様子だった。何で驚いたのかさっぱりわからないが、驚いたかと思えば、すごく嬉しそうに破顔した。 「えへへっ、小焼がそう言ってくれて嬉しい。じゃあ、今度このバンドのCD全部貸す!」 「貸さないで良いです」 「えー、そこは借りてくれよぉ」  夏樹からCDを借りると中身とジャケットが全然別物のことが多いので、サブスクを利用して聴いたほうが良い。  私がそう説明すると、夏樹は「中身一致させるからぁ」と情けない声を出していた。  まあ、中身を一致させてくれるなら、借りてみても良いか。

ともだちにシェアしよう!