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第9話

「誠に申し訳ございませんでしたぁあああっ!」  夏樹のこの土下座を見るのも、その頭を踏みつけるのも何回目になるだろうか。  相変わらず、3回までって約束を守れていない。 「夏樹、『お手』」 「あい!」 「『おかわり』」 「あい!」 「……『伏せ』」 「おう!」  どのコマンドでもすぐに聞くのに、セックスだけはどうにもならないようだ。歯止めがかからないというか、なんというか……、こういう時だけケモノっぽいというか……。  夏樹は床に伏せたままになっている。元々土下座していたから、そのまま床に伸びたようにも見えるな。放っておいたらそのままだ。 「『よし』」 「うぅう……、ごめん……。おれ、我慢できなくて……」 「そのセリフ何回言うつもりですか? 聞き飽きましたよ。いい加減に我慢しろ」 「だってぇ、久しぶりだったし……。ごめん」 「まあ……、もう済んだ話なので良いです。……ちなみに、このまま足を舐めろって言ったら舐めますか?」 「え? 舐めたら良いのか?」  夏樹は私の足を掴んで戸惑うことなく舐め始める。妙な痺れが這い上がってくる。指の間を舐められて息があがる。これはクセになりそうだ。 「もう舐めなくて良い」 「もう良いのか? あれだな、足を舐めろって、すげぇ女王様って感じがする」 「行きつけのSMクラブでしてたんですか?」 「待て待て! おれ、SMクラブ行ったことねぇから!」  慌てた様子で否定する姿が少し面白い。頭を撫でてやったら嬉しそうに破顔した。尻尾が無いのに尻尾が見える。大きく横にぱたぱた振っているように見える。 「でも夏樹って踏まれるの好きですよね」 「踏まれるのが好きなわけじゃねぇけど……」 「罵られるのも好きでしょ?」 「小焼がするから好きなだけで、見ず知らずの他人に罵られたらへこむから……」  どうやら私なら何でも好きらしい。そこまで好かれているのは、なんだか、妙な気持ちだな。嬉しいと思うが、狂っているようにも感じられる。まあ、踏まれて喜ぶぐらいだから、ある意味狂ってるやつだとは思う。  すっかり性的興奮も落ち着いているので、これ以上行為を求められることもなさそうだ。  夏樹も、叱られてすぐ「やりたい」と言うくらいのバカではない。  シャワーを浴びるために移動する。ローションが太腿を垂れていく感覚がした。中出しはしていないようなので、ローションだけだ。何があってもゴムを着けたがる夏樹だから、そうナマでしようとしないが……、ひどく興奮するとそのままになるからな。  夏樹がベッドからシーツを回収してくれていた。言わなくてもわかっているあたり、躾が行き届いていて好感が持てる。 「小焼、これって風呂で洗ってから洗濯機であってっか?」 「そうですね。夏樹がドロドロにしたので」 「どちらかと言うと小焼の遺伝子まみれだぞ、このシーツ」 「……」 「いだだだだっ、耳引っ張らないでくれぇ!」  真面目に返すな。  先に体を清めてから、シーツを洗うことにした。  思ったよりも汚れていることに気付いて腹がキュッとなる。あんなに出していたか……。それもこれも夏樹が悪い。全部悪い。  妙に恥ずかしさが込み上げてきたので、鼻歌まじりにシーツを洗っている夏樹にシャワーをぶっかけてやる。 「ちょっ、わっあ」 「手が滑りました」 「もー! 驚かすなよ!」  気にしていないようだ。ゴキゲンでシーツを洗っている。料理をさせると壊滅的だが、洗い物はできるから、こういうのは任せても良さそうだな。 「……夏樹、ずっと言いたいことがあったんですが」 「おっ、何だ? 別れ話以外なら大歓迎だ!」 「結婚式やるのに別れ話するわけないでしょうが。別れたいんですか?」 「違う違う! おれ、別れたくない! 小焼のこと大好きだもの!」 「大声で言わないでください。耳が痛いですから」 「で、何だ?」 「一緒に住みませんか?」 「え……」  夏樹は元から大きな目を更に大きく見開いて止まった。  嫌だったか? 「すみません。嫌なら……」 「嫌じゃねぇよ! でもさ、それってさ、その、ど、同棲ってことだよな……?」 「そうですね」 「すっごい新婚って感じがする!」  ……心配する必要はどこにもなかったな。  夏樹は、私から離れない。まだ、離れようとしない。  ……ずっと、一緒に……いてくれたら、良い。

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