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第16話

 混雑する前に焼肉屋に入ることにした。  90分食べ放題でスープもドリンクバーもついているし、ごはんのおかわりも自由だ。これなら小焼の食欲でもスタッフが渋い顔しなくて済むだろ。  とは思ったんだが、最初の時点で5人前ずつ注文しているので、大丈夫だろうか。おれも食べるからってことで5人前にしてあるんだろうけど、何で4人分を食べる気満々なんだこの食いしん坊マッチョ! 筋肉を作るためのタンパク質をここでゲットしていくつもりなのかもしれねぇけど、限度ってもんがある。……食べ放題にした時点でおれが悪ぃんだけど。しかも奢りかって言われてたくらいだ。コース料金は決まってるし、これ以上は無いはずだから、払えるはずだ。払えなかったらカードで支払う!  席に届いた肉を炭火で焼く。やっぱり肉は炭火焼きが最高だな! おれが選んだタレは辛口だから、ピリ辛で旨味が引き立つ。ビールと一緒にしたらすっげぇ美味いと思うけど、昼間からビールを飲むとこの後のデートが台無しになっちまいそうだから飲まない。  おれが肉焼いて小焼に渡せば良いと思っていたが、小焼は自分で焼いて、それをおれの小皿に乗っけていく。 「食わねぇのか?」 「夏樹がどれだけ食べられるのか見ようと思って」 「おれにフードファイトさせるんじゃねぇよ。おまえほど食えねぇし!」  一人前の肉を食べたところで、もう腹の半分はきてそうな気がする。  小焼が焼いてくれた肉を噛みしめる度に幸福感がする。肉を食べたら幸せな気分になれるっていうのは本当だな! 幸せホルモンはどどんっと出ている雰囲気がする。何てホルモンだったっけ? オキシトシンか? あれ、忘れたや。また勉強しなおさねぇと。 「このキャベツのタレ美味しいですよ」 「おー、さっきからキャベツばっか食ってると思ったら、それ気に入ったのな」  肉を食べずにキャベツをシャリシャリしてる姿は見た目と全く似合わない。顔だけ見りゃ綺麗なお兄さん……って言いてぇけど目つきが鋭いから綺麗って言えねぇか? 端正な顔つきって言うんだっけ? 小焼はどえりゃーべっぴんだと思うんだけどなぁ。可愛いとこもあるし。こんなにムキムキマッチョを可愛いと思うおれを眼科の友達もあきれてたくらいだから、他の人が見たら小焼は可愛いではなくて、かっこいいんだろうな! もしく怖いのか?  それはさておき、小焼がキャベツを持って止まってるので受け取る。どれだけおれにキャベツを食べさせたかったんだよとは思うが、さっきまで独り占めしてたくらいだから、おれにも食べさせないといけないことを思い出したのか? 「おっ、胡麻の風味がして美味いな!」 「美味いです」  食べ物のことになると表情が緩むところがまた可愛いんだ。誰にも理解されねぇけど、可愛いんだ、本当に!  口に入れた瞬間に胡麻の香りがワーッて鼻から抜けていってキャベツの甘味が来て、その甘味に胡麻が絡んでて、シャクシャク噛みしめる度に幸せな気分になる。こんなに美味しいタレ初めてだ。小焼が気に入ってるくらいだから真似して作ってくれそうな気もする。味覚センサーが鋭いから、味の再現もどうにかできちまうし、それだけの技量があるってのがすごいよな。  それにしてもよく食べる。わかめスープもこれで3杯目だし、ごはんだって大盛で3杯食べ終え、4杯目を注文したところだ。少し間を置いて、店員さんが持ってきたのは炊飯器だった。家庭でよくあるやつ。  ここは半個室の店だから、客席ごとにコンセントも設置されてて、そこに炊飯器が仲間入りした。 「ごゆっくりどうぞ」  しゃもじを置いて店員さんは戻っていった。  小焼は炊飯器を開く。ごはんがみっちり詰まっていた。 「サービスの良い店ですね」 「そ、そうだな」  きっと運ぶのが面倒になってきたんだと思うけど言わないでおこう。何回も呼び出してやったら忙しいだろうし迷惑だ。食べ放題を本当に食べ放題してるやつ、そう見ないって。  ゴキゲンで少しニコニコしている小焼を見るとおれも嬉しくなってくる。小焼が嬉しいなら、おれも嬉しい。もっといっぱい、腹いっぱい食べてくれよな。

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