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第41話

 私の胸に抱き着いて「おっぱいー」とへにゃへにゃの笑顔で言っている夏樹を剥がす。放っておくとずっと擦りついていそうだ。  夏樹には無いはずのくるんと巻いた尻尾がぱたぱたと横に大きく揺れているように幻視する。本当に犬っぽいな。どれだけ離しても近づいてくる。 「それにしても、すっげぇ良い景色だな」 「そうですね……」  都会では見られない雪景色だ。しんとした静けさが心地良い。  海外にいた頃はしょっちゅう目にしていたものだが、こっちに来てから静かに雪を眺めることは無くなっていた。なんだか趣深いものがある。  夕飯までの間どうするか、を考えていると夏樹が口を開いた。 「小焼。温泉に入る前にさ、ちょっと外に出てみねぇか? 庭すっげぇ綺麗だしさ」 「は?」 「冷えた体で温泉に飛び込むの最高だと思うんだ!」  医者がその提案をして大丈夫なのだろうか。心臓への負荷が恐ろしいことになると思うんだが……。  まあ、夏樹の考えは悪いものではないと思う。 「面白そうですね。行きましょう」 「よーし! 行こうぜー!」  二人で防寒具を身につけ、外に出た。  足元は雪で滑りやすい。夏樹がすぐに転んでいた。そのまま手を掴んで引っ張ってやると、尻で地面を滑る。楽しいな。 「ちょちょちょ、小焼! 駄目だって! おれのエクスカリバーが抜ける!」 「やめてください」  仕方ないのでしっかり立たせてやった。下半身も勃ってしまったかもしれないが、今は触れずにおこう。面倒なことになる。まだ我慢させておいたほうが良い。  冷たい風が頬を撫で、寒さが体を包み込むが、逆にそれが心地よく感じられる。 「寒いけど、これで温泉がもっと気持ち良くなるはずだ!」  そう言って笑う夏樹の笑顔が、雪の中で一層輝いて見えた。元から太陽のようにカラリと笑うやつだが、雪明りに照らされていっそう輝いて見える。  しばらく外の景色を堪能した後、急に寒さが体の芯まで染み込んでくるのを感じた。 「さ、さすがに冷えてきたな。そろそろ温泉に入るか!」 「そうですね。風邪を引きそうです」  部屋に戻り、急いで防寒具を脱ぎ捨てて露天風呂へと向かった。  貸切なので誰もいなくて広々使えるのが良い。湯気が立ちこめる温泉に足を入れると、冷え切った体がじんわりと温まる。が、冷やし過ぎたのでやや痛い。 「やっべ、痛ぇな」 「痛いですね」 「ショック死しないようにゆっくりだぞ。ゆっくり」  散策のし過ぎもまずかったな。  ゆっくり温泉に体を沈めていく。夏樹は体が私よりも小さい分、すぐに温まったようで、すぐ肩まで浸かっていた。 「これだけ広いと泳ぎそうなものですが、泳がないんですか?」 「おれがカナヅチなの知ってて言うのかよ。ひでぇ話だな。それなら、おれを背中に乗せて平泳ぎしてくれよ」 「小学生か」 「悪かったな! 小学生よりも泳げなくてよ!」  夏樹は何故か沈むからな。何度かプールに投げ落としては水中でキスしたな……。今思い出すものではないが。  どうしてこいつはそこまで私を好きなんだか。……私もどうして夏樹を好きなんだか。 「小焼、こんなゆったりした時間、久しぶりじゃね?」 「そうですね。こんなに何も考えず、ただ温泉に浸かっているのは、かなり贅沢です」 「たまにはこういうのも良いよなー。誰の目を気にすることなくゆっくりできるっての最高だ。……ありがとな、小焼。おまえと一緒だから楽しめてるんだと思うよ」  夏樹は少し顔を赤らめながら、そっと私の手を握ってきた。私もその手を軽く握り返す。  顔が赤いのは、もしかしてのぼせてないか?

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