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第46話

 なんともまあ、中途半端なところで止められる。  旅館の人がご丁寧に夜食を持ってきた。こんだけサービスあるってのもすごいんだが、量もけっこうある。こんなにボリュームがあったら、食べられない人もいるだろ。って、思ったけど、朝に食うのかな……。  おれが考えている間にも小焼は既に食べ始めていた。どれだけ腹減ってんだこいつ。どれだけ食べたら満腹になるのか、おれは未だに小焼の限界をわかっていない。わんこそばチャレンジでもさせたら面白いことになりそうだな……。 「食べないんですか?」 「おう。おれの分も食ってくれ」 「わかりました」  小焼の「食べないのか」の確認は遠回しに「足りないからお前の分も寄こせ」という意味だと思う。  おれが見ている間に届いた夜食は小焼の胃袋の中へと消えていった。うん、あまりの食事スピードに、今までの待ち時間が何だったのかとか考えたくなるようなもんだ。  食べ終わったし、続きしてぇな。『待て』と言われた手前、待たないといけないんだけど……、そろそろ『よし』って言ってくれねぇかなぁ。  小焼をじーっと見つめてみる。おれの視線に気付いたようで、怖いくらいに美しい赤い瞳がじーっと見つめ返してくる。  これじゃガンのつけ合いだな。 「なあ、キス、して良いか?」 「どれだけキスしたいんですか」 「いやあ、だってさぁ……、せっかくの新婚旅行だぞ?」 「籍入れてませんが」 「ま、まあ、そうだけど。そうだけどな!」  籍入れようと、考えてくれてるってことか? それとも、ただ事実を言ってるだけか? 小焼は考えてないようでしっかり考えている時もあるし、考えるようで全く何も考えていない時もあるから、わかんねぇ。おれとしては、少しくらい考えてほしいけど……。  今のままじゃ、籍は入れらんねぇし、どっか海外行くしかないんだよな。あと、両親が絶対反対するのわかってる。今だって、あんまり良い顔してないのは察してる。  そう考えると……、ここの旅館の人らは、おれらのことどう思ってんだ? 仲の良い友達ぐらいなもんか。本当はカップルなんですーって言ったとこで、ドン引きされそうな気がすんだよな……。  多様性って言っても、理解されてるわけじゃない。どっちかって言うと無関心のほうが助かるかもしれない。いちいち「同性愛ですか? 頑張ってください!」ってなんかよくわからん応援されたくねぇし……。学校で何回同じような変な応援されたと思ってんだ。 「夏樹?」 「お、おお、どした?」 「いえ、固まってたので」 「んー、ちょっとなぁ……」 「お前のことですから、どうせくだらないこと考えてたんでしょう」 「まあ、くだらないかもしれねぇな」  おれの悩みを小焼に言ったところで、解決策が出るわけでもない。きっと海外に移住すれば済む流れになるんだろう。  ふいに視線を落とした瞬間、顎をガッと掴まれて、唇に噛みつかれた。鮫のように尖った歯が突き刺さって痛い。キス上手いくせに、どうしてこういう不意打ちの時は絶妙におれを痛めつけてくんだ。わざとか? 「痛ぇだろ」 「キスしたいと言ったでしょ?」 「それならさ、もっと優しくしてくれよ。ほら、血出ただろ」  鉄の味がする。ああ、切れたな。  小焼は相変わらずの無表情なんだが、少し暗いようにも見えた。あ、そっか、こいつ、おれを傷つけたこと気にしてるか? 「血が出たらご褒美になっちまうだろ。加減しろよ」  おれがそう言えば、少し安心したような空気になった。  無表情で不愛想なのは、人を傷つけるのを極端に怖がってるってこと、なんだよな……? 他人を傷つけるなら傍にいなくて良い、近寄って来るな、ってことなんだよな?  なんともまあ、不器用で可愛いこって。

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