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第48話

 しばらく沈黙があった。小焼は自分から喋らねぇし、じーっとドラム型洗濯機の中を凝視している。  動いてるものを見続ける習性でもあんのか? ネコちゃんなだけあるな。とか言ったら拳が飛んできそうなので、黙っておく。  沈黙が嫌なわけじゃない。小焼の場合は逆に静かでいたほうが良いと思う。これで急にぺらぺらとおれのように話し続けていたら怖いまである。恐怖体験が始まっちまう。冬だってのに、そういう怖いのはノーセンキューだ。夏ならまだ涼しくなれてと良かったかもしれねぇ。  洗濯機の低く唸る音がやがて静かになって、急に水がじゃばじゃば流れる音が聞こえてきた。すすぎの過程に入ったようだ。 「……なあ、小焼」 「何ですか」 「ずっと見てっけど、楽しいのか?」 「いえ。楽しくはないですね」  と言いながらも、小焼は洗濯物が回っているのをずっと見ている。本当に動いてるものを見続ける習性でもあんのかってくらいに。  おれはその場で少し跳ねてみる。小焼がこちらを見た。 「何してるんですか」 「んー、いや、おまえがずっと洗濯機見てるからさ、おれのほう見るかなぁって実験」 「奇行に走られたら誰でも見ると思いますよ。二度見するか、完全に無視するかの二択です」 「小焼は見るほうだな」 「急に跳ねだしたら見ます」  そう言って再び視線が洗濯機に向かう。  ゴウン、ゴウン、洗濯物が絡みあってる。これ、擬人化だったら、どっちが攻めでどっちが受けになるんだろうな、ふゆならそういうバカなことすぐ言いそうだ。 「なあ小焼、鉛筆と消しゴムでカップリング組むなら、どっちが攻めでどっちが受けだと思う?」 「急に何の話ですか?」 「いや、ふと、前にふゆが家でそんなこと話してたなーっと思ってさ」  そもそも、小焼にカップリングの概念だとか教えたっけ? まあ、こいつもなんやかんや自分で学んでるところもあるし、理解してるか。「タチかネコか」を「タカかネコか」って勘違いしてたのが懐かしいくらいだ。  今じゃきちんと攻めも受けも理解してくれてるだろ、たぶん。 「私が思うに、鉛筆が攻めで、鉛筆削りが受けだと思います」 「おいおい、消しゴムどこにやったんだよ」 「消しゴムはノートの攻めでしょう」  なんかぶっとんだ発言してねぇか? 別のカップリング展開されるとは思ってなかったんだけど? 「じゃあ何だ? ノートが受け身で『ああっ、消されちゃう!』ってことか?」 「何を言ってるんですか?」 「それはこっちのセリフだよ」 「この不毛な会話に着地点はあるんですか?」 「無い無い。もうやめだ。やめ」 「夏樹からふってきたのに?」 「おれから始めた物語だから、おれが終わらせるんだよ」  会話終了。  小焼は再び洗濯機を見ている。じっと見られてても困るから、これで正解だとは思うんだけど、たまにはこっち見てほしいよな。 「なあ小焼」 「今度は何ですか?」 「こういうくだらない会話さ、ずっとしてたいな」 「……そうですね」  その声はひどく優しかった。棘のあるような冷たい声色じゃなくて、落ち着いていて、優しい気持ちになれるような声だ。おれでないと聞き分けができないのかもしれないけど、それならおれは特別ってことで良い。 「くだらなすぎても嫌ですけどね」 「まあ、そりゃそうだよな」 「夏樹が話しているのを聞くのは、嫌いじゃないです」 「それは好きってことで良いか?」 「勝手にしろ」  ふいっと顔がおれと反対側に向く。洗濯機ではなく、おれでもなく、反対側に。これは照れ隠しだな。いやぁ、可愛いとこあんなぁ。こんなにゴリゴリのムキムキマッチョだってのに、可愛く見える。  そうやってふざけあってる間に、洗濯機は乾燥モードに入ったようだ。  ドスドス鳴っていた音が、カラカラ……と静かに音が変わっていく。たまに高い音が聞こえるのは、ズボンについてた金具でも当たってんのかもしれない。 「あと二十分くらいか」 「そうですね。二十三分です」 「正確に言いなおすなよ」 「三分は大きいので」 「それはそうだな。カップラーメンが作れるくらいだもんな」 「お前は何を言ってるんですか?」 「おおう……、そう返されるとは思わなかった」  だけど、まあ、そういう返しも悪く感じない。小焼らしさを感じられるもの。 「で、ずっと見てっけど、楽しいのか?」 「さっきも言いました。楽しくはないです」 「あ、あれだ。小焼ってあれだろ? ボールが転がり続ける動画とかずっと見るタイプだろ」 「そもそもどういう動画かさっぱりわからないんですが」 「ほら、あれだよ。ボールがレールに沿って落ちて行って、コンベアでまた上に戻されて、またレールに沿って落ちていくやつ」 「なんとなくわかりましたが、好んでそれを見ようとは思いませんね。それなら、エロ動画見ます」 「うん、だよな。おまえはそういうやつだ。あ、でも、ピストン運動も単純動作だぞ」 「私は別に挿入シーンだけ見てるわけじゃないです」 「えー? 小焼って、インタビューとか導入部分も見るのか? おれ、プレイが始まるとこからしか見ないぞ」 「好みの女優は長く見ておきたいものです」 「あ、そっか。巴乃メイちゃんのやつってストーリー仕立てなの多いもんな」 「はい。最近では、学校での素人ハメ撮り風の作品が心躍ります」 「あー……、ちょっとカメラぐらぐらしてるやつだろ? あれって、臨場感あるけど、酔いそうなんだよなぁ」  洗濯機がカラリとひときわ高く鳴って、ピーと終了音が鳴り響くと同時に、おれと小焼のくだらない話も終わった。

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