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第49話
乾いた洗濯物を抱えて部屋へ戻る。
廊下は静かで、足音がやけに響いて聞こえる。夏樹は館内用のスリッパが大きいのかペタッペタッとやけに大きく鳴らしている。
「もっと静かに歩けないんですか?」
「これでも静かなほうだぞ。小焼が静か過ぎるんだろ」
「いえ、夏樹が騒がしすぎるんです」
「そんなことねぇよ!」
と言い合いつつ廊下を歩いているが、誰も外にはいない。
まあ、旅館内を歩き回る必要も特にないだろうか。
フロント前を通り過ぎる時にスタッフに会ったくらいで、客は出歩いていない。コインランドリーの利用者も終了時間まで出てこないだろう。
「いやぁ、やっぱり廊下は少し冷えるなぁ」
「ここまで暖房をつける必要もないでしょうしね」
「今しねって言ったか?」
「……変なところに反応しますね」
「いや、小焼って急に暴言吐くから」
「それはお前へのご褒美です」
「え、そうなの!? おれ、そんな急にご褒美出されてんの!? ってか、暴言をご褒美だと思われてるおれって何!?」
「超ハイスペックドMドクターじゃないですか?」
「うーん、褒めと貶しのバランスが最高だな」
何で喜んでるんだこいつは。いや、いつものことか。
夏樹は相変わらずの笑顔を浮かべている。犬だったら耳がペタッと下がって、尻尾をぶんぶん振っていそうだ。無いのに、見える。夏樹はかなり犬っぽい。それも小型犬。
「リードに繋いでやったほうが良かったですかね」
「おいおい、こんなところでそんなことしたら出禁にされちまうぞ? というか、おまえの母ちゃんがここの手配やら何やらしてんだろ? 信用問題に傷がつくだろ」
「……首輪つけられて引っ張られることに、アブノーマルの自覚あったんですね」
「あるよ! あるに決まってんだろ!」
廊下で話す内容ではないな……。まあ、良いか。意外と防音されてるだろ。
と思ったが、こういう旅館に防音という概念はあるのか? 洋室ならまだしも、宿泊する部屋は和室だ。扉も引き戸で横にスライドするもの。
……もしかすると、声が筒抜けになるのか? 夏樹へのご褒美をどうすべきか。
考えつつも部屋へ戻ると、暖房のぬるい空気が出迎えてくる。
荷物を置いて、洗濯物を並べていく。
夏樹は、たたむでもなく、私の後ろでにやにやとタオルの端をいじっている。
「お前、自分の分くらい自分でたたんだらどうですか」
「今やろうと思ったとこだって」
「本当ですか? 私にやらせる気だったのでは?」
「ほんとほんと!」
と言いながら夏樹は服をたたみはじめたが、雑。折り目が気になる。ぐちゃぐちゃだ。
これだと変な皺が入るだろう。
見ていられなくなり、結局は手を伸ばす。
「……貸してください」
「え? せっかくおれが頑張ってたのに?」
「これを頑張ってると呼ぶのは、折り紙職人に失礼ですよ」
「折り紙職人と比べるな! 職人は、こう、なんか、すげぇだろ!」
文句を言いつつも、素直に服を渡してくるあたりが、夏樹らしい。
既に変な皺が入っているが、夏樹の服だから気にしないことにする。どうして斜めに折って何も思わないのかが不思議だ。気持ち悪いだろ。
洗濯物をたためたので、カバンに詰めなおしておく。夏樹のカバンにも勝手に入れておいた。妙にスペースが空いてるな。
「夏樹。他に何か入ってましたか?」
「え? いや、なにも……。なんかすっげぇスペースあるな」
「お前、どんな入れ方してたんですか」
「そりゃあ、ドーンでバーンって感じ?」
「バカか」
「おう。おまえのことが大好きなバカだぞ」
「認めるなバカ」
何も言い返せなくなるな……。
そろそろ寝るか。布団に移動する。しれっと夏樹が同じ布団に入って来た。
「狭いんですが。お前の布団はあちらにあるでしょう」
「そろそろ『よし』って言ってくれねぇかなって」
……ああ、そういうことか。
夏樹の大きな瞳が潤んで見えた。だが、壁が薄そうな気がしてならない。
隣の部屋に人が入っているのかどうか……と考えたところで、甲高くて甘い声が聞こえてきた。
「やっべ、エロい声聞こえる」
「……ですね」
「なんか、逆に萎えてきた」
「便乗するかと思ったんですが、逆なんですね」
「えー、おれ、他人のえっち覗き見して興奮するタイプじゃねぇもん」
「じゃあ、静かに寝てください」
「いやいや! 寝る前にもうちょっと話そうぜ!」
「話って、こういう状況で?」
「だってさ、なんか、このまま黙ってるのも負けた気になる!」
「何と戦ってるんですか」
「隣のカップル」
「勝敗の基準がわかりません」
くだらなすぎて、思わず息が漏れる。
夏樹はそれを「笑った!」とばかりに嬉しそうに顔を寄せてくる。
「じゃ、今夜はおれらの勝ちってことで」
「何もしてないのに勝利宣言ですか」
「おれ的には、小焼が隣で笑ってくれた時点で優勝」
あまりに眩しい笑顔で言うから、返す言葉がなくなる。
壁一枚隔てた向こうは別世界みたいに騒がしいのに、布団の中はやけに静かだ。
肩が触れる距離で、ただ呼吸だけが重なっていく。
「……やっぱり、同じ布団でいいです」
「お、許可出た」
夏樹の声が、隣の部屋の喧騒よりもずっと耳に残った。
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