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本当の気持ち
「…ゃあっ…かしまさ…っ」
「皐月…だまって」
耳元で囁かれると、震えていた身体から力が抜け、崩れ落ちてしまう。
腰を支えてくれた香島さんに、ベッドに横たわらせられた。
見つめると、切ない視線に見下ろされる。
ギシ──と音をさせて、香島さんはベッドに、…俺の上にうつぶせに乗り上げた。
「あっ……、香島さんっ、こういうの、だめっ…!」
押し返そうとした手を掴まれ、頭の上で押さえつけられる。
「一緒に、いたいんだろ?」
熱い瞳が覗き込んでくる。
頷きたいけど、頷いちゃいけなくて、こういうことはしちゃいけなくて、
……また、涙が滲んでくる。
「泣くな、皐月。別に脅したいわけじゃない」
怖がってるわけじゃないのに、香島さんは押さえている手首を片手にまとめると、空いた手で頬を撫でてくれる。
気持ち良くて、目を瞑る。
ずっと、ずっと、撫でていてほしい……。
「それから、俺は独身だからな。なんで勘違いしてるのかしれないが」
唇に、ちゅって触れるだけのキスが落とされる。
「…んーっ」
もっとして欲しくて催促すると、ちゅっ、ちゅっ、と何度も繰り返してくれる。
気持ち…いい………。
「エッチはダメだけど、キスまでならいいのか?」
鼻先にフッと苦笑交じりの息がかかった。
………ん……?
「あっ、あーっ!やっぱりだめっ!!」
顔を隠そうとしても、手は拘束されたまま。
身体を回転させて逃げようとするけど、重くて動けない。
「だから、皐月?」
「っ………はぃ…」
急に硬く厳しくなった声に、ビクリと肩が跳ねた。
「俺は、結婚できないの。女とは付き合えないんだよ」
「えっ…えっ!?だって俺、奥さんと一緒にいるとこ見たよ!?」
「奥さんって、……出来ないんだから、いるわけないだろ」
えっ、…結婚してない、じゃなくて、できない??
香島さんの言葉が理解できなくて、じっと見つめる。
「見たのはいつ?」
「いつって……前に逢った次の週の金曜、に…」
終電間際の駅前で見たことを話すと、香島さんはなんてことない顔で、部下だよ、と言い放つ。
「会社の飲み会があったんだよ。飲み過ぎて一人じゃ帰れそうにないからって、ご近所の俺が送らされたの」
「えっ、でも、香島さん、奥さんと3才の娘さんが…」
「どこ情報だ、それは」
「えっ…と……想像…?」
「想像で、俺は妻子持ちにされてたのか……?」
はあ──と大きく息を吐きだして、香島さんは俺の上に倒れこんだ。
枕の上、顔の真横に香島さんの顔がぼふんと沈み込む。
「あ…の…、ごめんなさい?」
顔を向けると、香島さんは首を回してじとっと俺の目を見つめてきた。
「う……」
目を逸らすと、また枕に顔をうずめる。
「………皐月、俺のこと好きなの?」
「え…、あ…、…好き、です……」
改めて聞かれると、顔が熱い。
「ふぅん…」
間延びした返事。
……なんだろう。香島さんが、いつもと違う。
なんか少し、子供っぽい…?
「皐月、お前ノンケだろ」
「のんけ?」
初めて聞く言葉に、首を傾げる。
知らない言葉ってことは、そうじゃない…んじゃないかな。
そう答えると、「お前はノンケだよ」と頭を撫でられた。
「恋人…」
「えっ…?」
「誰かと付き合ったこと…ある?」
「えっ!?」
つい大声で聞き返してしまうと、香島さんが小さく吹き出す。
「だって、変なこと聞くから!」
「変なことか?」
体を抱き寄せられて、ゴロンと回転。
俺が香島さんの上に乗っかる形になる。
「変なことだよ!だって、…俺だったら聞きたくないもん。香島さんが、前に誰と付き合ってた、とか…」
自分で言ったことに恥ずかしくなって、香島さんの胸に顔をうずめた。
くつくつと笑う声が振動を伝える。
「じゃあ、いいよ。それなら皐月、お前は男が好きなの?」
「えっ…!?」
余りにもいきなりの質問につい顔を上げてしまうと、香島さんは面白そうにクスクス笑って、ほっぺを指先で突いてきた。
変な顔、しちゃっただろうか…。
もっと恥ずかしくなってプン、と顔を背ける。
「違うから。俺は、香島さんだけだからっ!」
顔が熱い。
絶対今、真っ赤で間抜けな顔してる。
「うん。わかってるよ」
香島さんは俺の脇を掴むと、視線の合う位置まで体を引っ張りあげた。
そしてゆっくりと腕の力を抜いて、俺の上半身を下ろしていく。
引き寄せられるように唇を重ねて、その腕にぎゅっとしがみついた。
まるで俺からキスしたみたいで、恥ずかしい……。
「俺は、皐月だけじゃないんだよ」
吐き出すように聞こえた言葉に、ハッとまぶたを開いた。
「変な誤解するなよ。今は、皐月だけだ」
一瞬で泣きそうになった俺の頬を撫で、安心させるようキスをくれる。
「俺は、同性愛者、所謂ゲイってやつでな」
見下ろす先には、淋しそうに笑う顔。
俺も、香島さんの頬に触れ、反対側に頬擦りした。
「じゃあ、俺はラッキーだったんだ」
ぽつりと出た呟きは、無意識だった。
「こんな素敵な人、女の人がほっとくわけないもん。女の人に取られなくてよかった…」
「さつ…き………」
香島さんの腕が背中に回って、きゅっと抱きしめられる。
「…一目惚れだった」
「え……?」
「ずっとお前が可愛くて…しょうがなかったよ」
慈しむような眼差しを向けられて、なんだか落ち着かない。
「もし、俺がゲイじゃなくても、きっと皐月に惚れてた」
甘い囁きにドキドキして、心臓が壊れちゃいそうだ。
「じゃあ、なんで、契約なんて…」
一旦距離を置かないと、熱が上がって沸騰しちゃう。
腕を伸ばして身体を持ち上げた。
見下ろすと、頬に手が伸びてきて、
「会ったばかりの男から惚れたって言われて、お前は簡単に受け入れられるのか?」
ぶにーっと引っ張って伸ばされた。
「いっ…いひゃいーっ」
文句を言うと、楽しそうに笑われる。
……いいけど。香島さんが楽しいなら、ちょっと痛いのぐらい我慢するけど。
ジト目で睨むと、宥めるように微笑んで、ほっぺに優しくちゅーされた。
ずるい。格好良いオトナの男、ずるい。
「だからって、なんで契約なんだよー」
胸元に顔を埋めて、足をジタバタさせる。
「付き合って、って言えなかったからね。皐月こそ、どうして契約に応じたんだ?金目当てでもなしに。怪しいだろ、そんな男」
警戒心がなさ過ぎる、心配だ、と眉を顰める香島さん。
契約に応じなかったら、こんな風になることも無かったって言うのに。
「だって、意味わかんなかったから」
こんな風……
自分で考えといて、ちょっと恥ずかしくなる。
「格好良いのに、意味わかんないこと言ってきて、なんか面白そうって。危ない人じゃなさそうだったし。また……逢いたかったし…」
こんな風って、なんだろう…?
えと、やっぱりお互い好き同士なんだから、…恋人、なのかな……?
こ、恋人とか……っ───
わあぁっ!!!
「──イタッ!こら」
バタバタと暴れていたら、香島さんの脛を蹴っ飛ばしてしまったらしい。
「ごめんなさい」
抱きついて謝ると、フッと優しく笑ってくれた。
「これからは、危なくない人だと思っても付いていったりするなよ」
「付いてかないよ。香島さんだからついてったんだよ」
「なんだよお前は。俺のことをどうしたいの?」
ははっと笑って、むぎゅーっと抱きしめてくる。
心地良くて、気持ち良くて、身体をぜんぶ香島さんに預けた。
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