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初めてのバー
うちの会社は中小企業。
上場してて、北海道から近畿地方、全国に事業所は散らばっているけれど、そんな大っきい会社ってわけでもない。
このご時世だし、同期入社は5人。
内、本社勤めは俺と夏木の2人だけで、社内でも時折昼休み一緒したり、夜居酒屋に行ったり、結構仲良くしてた。
まあ、営業の夏木は忙しいし、ほんとに時々。月に1、2度くらいかな。
大抵夏木の先輩たちがついてきて奢ってくれたりしたから、2人っきりで飲みに行ったのはその時が初めてだった。
それは、午後7時──19時頃に上がった金曜日。
休憩室から出てきた夏木と偶然会った。
「広川、今日暇?」
「うん」
「じゃあ、一緒にメシ、ど?」
「おー、いくいくー。先輩たちは?」
どうせ家に帰ってもコンビニ弁当だし、と夏木の誘いに乗る。
「皆先帰ったりまだ残ってたりで……2人になっちゃうんだけど、イヤか?」
少し躊躇するみたいに訊かれた。
確かに、先輩がいたら奢ってくれるから有り難いけど、俺だって別にそれが目的で夏木とメシに行ってる訳じゃない。
「なんでイヤなんだよ。いいよ、2人で行こ」
さっさと鞄取ってこーい!と営業部の方を指さすと、夏木は駆けだす勢いで営業部のスペースへと入っていき、瞬きの間に目の前に戻ってきた。
早い!さすが営業部。
「じゃあさ、広川、食事の後バー行ってもいい?俺、こないだイイトコ見つけてさ!」
ちょっと息を切らしながら夏木が歩を進める。
その隣に追い付いて、鞄を肩に担ぎあげる。
「へぇ、俺バーって初めて」
バーって、なんかオシャレな間接照明で、カウンターにマスターって呼ばれる人がいて、小粋なトークをしながら大人の雰囲気を楽しむ──って感じだよな。
敷居が高いかなって、今まで行く機会もなかったけど……。
夏木と一緒なら入り辛いってこともないし。
「楽しみだなぁ、へへっ」
初体験のバーへの期待に笑みが零れる。
「……かわぃ…っいや!楽しみだよな!ははは…」
呟きが良く聞こえなくて聞き返した俺に、夏木は何故か声を大きくして誤魔化すように笑ったのだった。
* * * * * *
夏木の連れて行ってくれたバーは、背面が水槽になっているお洒落なお店だった。
お店のBGMは、ジャズ?それに、想像通りの間接照明。
やっぱり、バーはオシャレだ。
一人じゃ絶対来られない。
ふんわりとした雰囲気の、ここは天界かって思っちゃうくらい綺麗で優しそうなマスターが、1人でカウンターの向こうに立っていた。
バー、凄い!大天使様がマスターやってるとか想像だにしなかった…!!
カウンター席は長く、横並びに十席。
俺は夏木に促されて、右から2番目の席に座った。
お客さんは他に5人ほど。みんな男の人だ。
奢ると言ってくれた夏木は、自分にビールを、俺にキールロワイヤルってカクテルを頼んでくれた。
俺もビールでよかったのに、と言うと、せっかくバーに来たんだからと笑われる。
「わっ、パチパチ言ってる。炭酸だ」
赤くてパチパチのカクテル。
何が入ってるんだろう?と、ついクンクンしていたら、マスターがくすりと優しい笑みを零して教えてくれた。
「シャンパンとカシスリキュールですよ」
「カシスって、なんでしたっけ?」
「ブラックカラント。クロスグリ、と言ったほうが分かりやすいですか?」
「え?えぇ??」
「…そうですね。カシスと言う呼称が、一番一般的ですから」
マスターが、カシスリキュールの瓶を持ち上げて見せてくれる。
中にはなんだか黒い液体が入ってる。
あれを薄めると、こんな綺麗な赤色になるんだ。
「広川、これこれ」
横で携帯を弄ってた夏木が、画面を見せてくる。
「これがカシスだって」
房に成ってる黒いツブツブの果物の写真。
ブルーベリーぽい?
「へぇ…初めて見た。調べてくれたのな。さんきゅ」
お礼を伝えて返そうとした時、夏木の携帯がブルブルと震えて着信を告げた。
「あ、会社からだ」
嫌そ~な顔をして、ビールを一気に飲み干す。
「ごめん、ちょっと電話してくる」
右手を立てて謝罪する夏木を、いってらっしゃいと送り出した。
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