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結婚詐欺師

ひと通り苦しみ終えた俺は、悠さんにカウンターから離れた席に連れて来られていた。 水槽に向かえるたったひとつの席。 予約席のプレートが乗っているソファー席。 俺が水槽を気に入ったからって、悠さんが特別に作ってくれた、悠さんと俺専用の、2人だけの席。 なのに、大好きな水槽が、全然楽しくない。 「皐月、突然出て行ったら心配するだろう」 「俺、ちゃんといってきますって言いました」 「携帯は?」 「電源切った」 「どうして?」 「悠さんが、……俺にフラレたがってたから」 俺の答えに、悠さんは額に手を当て黙り込んだ。 「待て待て待て」 なんか、ブツブツ言ってる。 「なんでそうなった?」 こっち、見ないし……。 なんだよ、もおっ! 「大体、…なんだ?あいつ、会社の同僚?なんで一緒に居た?」 「気晴らしに遊んでもらってたんだよ」 「…それは、浮気じゃないのか?」 「はぁっ!?なに言ってんの!?夏木は男で同期で友達じゃん!」 「…あー、そうか。そうだ、お前ノンケだったな…」 なんだよもう、意味わからん! 「第一、そっちが意地悪したんじゃん!悠さんの結婚詐欺師!」 「……誰が結婚詐欺師だ…」 「結婚を考えてくれとか言っといて、俺が断らなかったら怒ったくせに!」 「へえ…、オーナー、こんなに純粋そうな子にそんな事を…」 「かわいそー、皐月くん。なんならボクのところにおいで。こう見えてボク、タチだから」 「それはダメですっ!広川!俺がいるから、な!?」 いつの間にか、背後に人が集まってきていた。 「あーっ、もう、戻ってください!好きなもの1杯ずつご馳走しますから!」 悠さんの言葉に皆は笑いながら、夏木だけは渋々と、元居た席に戻っていく。 「あのなあ、皐月」 悠さんの指先が、何もないテーブルの上をトントンと叩いた。 リュートさんがすぐに烏龍茶を2杯運んできて、悠さん用と俺用にそれぞれ置いてくれる。 そして、俺の斜め後ろに付くと、その場に留まった。 悠さんも、リュートさんには戻れとは言わない。 悠さんは烏龍茶を一口飲んで、グラスを戻すと俺に向き直った。

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