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籍に入るということ
「俺の籍に入るということは、お前の苗字が変わるということだ。分かるな?」
何を当たり前のことを言ってるんだろう…?
悠さんの言葉に、俺は不思議に思いながらもコクンと頷く。
「会社にも変更の届けを出さなきゃならないだろう?理由を訊かれたら、どう答えるつもりなんだ、お前は」
「えっ?とー…、大切な人の籍に入りました。自分的には入籍で、結婚です、って言います」
「相手は?」
あ……、また難しい顔でため息付いてる。
「香島悠さんって言います。大人で、優しくて、格好良くて、とっても素敵な人なんです」
見上げた先で、悠さんが目を泳がせた。
背後から、プッと吹き出す音が聞こえた。
不機嫌に咳払いして、悠さんは表情を固くする。
「どうして普通の結婚じゃないの?相手、結婚してる人なんじゃないの?」
「結婚は出来ないんです。僕の好きな人は、男の人だから」
「男?同性愛者なの?それは、まともな人間じゃないだろう」
「え?」
「と、まあ、こうなる」
「何言ってるの?別におかしいことじゃないでしょう?」
悠さんに言われたことがやっぱり理解できなくて、首を傾げた。
「人を好きって、尊い気持ちでしょ。相手が同性だろうが異性だろうが、それは変わらないよ」
「お前はそう思ってるから、俺たちを自然に受け入れられたんだな」
いい子いい子、と頭を撫でられる意味もわからない。
「けどな、世間はそうじゃないんだよ。一部例外もあるが、一般的な会社じゃ同性愛者とバレた時点で村八分だ。好奇の目で見られる。出世なんか夢のまた夢だぞ」
「……あっ!そうか…」
ひとつの要因に気付き、俺は少し嬉しくなって悠さんを見つめた。
「俺、出世に興味ないから気にならなかったんだ!」
「皐月……」
悠さんが、ガクリと肩を落とした。
「皐月くん、違う違う」
リュートさんが目の前で手を振ってくすくす笑ってる。
「え…、えぇと……?」
「皐月が辛い目に合うのが、俺は嫌なんだよ。お前は素直な子だから、俺が入れ知恵したところで、うまく誤魔化し続けられないだろ」
素直かどうかは分からないけど…。
言わない方がいいって言われてても、確かに毎日しあわせで頭ぽわーっとしてたらポロリと口走ってしまう可能性も高い。
て言うか、住所変更届け出す時も、総務の人たちに普通に「年上の恋人と同棲する」って惚気けちゃったし。
悠さんのこと、超好き~って笑ってたら、女性の先輩にどつかれた。
「でもな、籍入れなきゃそれもそれで不都合があるんだよ。例えば、俺が倒れて入院したとする」
「えっ!やだよ!?」
「嫌でも、あるかもしれないだろ。手術を受けなくてはいけない。病院側は家族を呼ぶ。そんな時、籍の入ってない男同士は例え何十年と連れ添った仲であろうがただの婚約者にすら劣る、他人だ」
「そんな……」
「家族以外は面会謝絶と言われれば、同性のパートナーは顔を見ることすら叶わないんだ」
「………」
言葉を失う。
それは、同性愛者に対する世間からの風当たりに、じゃない。
───腹が立つ。
むかっ腹が立つ。
頭にき過ぎて、涙が滲んでくる。
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