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第3部【一輪の薔薇】
『 Une roue de roses 』
フランス語で、一輪の薔薇、って意味らしい。
それは最近よく行くバーの名前で、マスターが意味を教えてくれた。
なぜフランス語にしたのか尋ねると、「だって、フランス語ってなんだか格好良いでしょ」と、なんともお茶目な返答を得られた。
大人で落ち着いた雰囲気の普段の彼とのギャップに、隣に居合わせたマスターのファンが悶えていたのを思い出す。
通称『ローズ』は所謂ゲイバーで、利用するのは主に同性愛者の男だ。
恋人同士で来てイチャイチャしながら飲んだり、出会いを目的として訪れたり、綺麗で優しげなマスターを目当てに来てる客も少なくないと聞く。
俺、夏木 功太 は過去2回、それとは異なる目的でこの店に訪れていた。
入社以来ずっと好きだった職場の同期に告白しようと思っていたのだ。
ローズは普通のゲイバーじゃない。
いや、そもそも他の店に行ったことがないから何が普通か分からないんだけど。
でもこの、入口側に半円を描く青い水槽は、口コミサイトを見てもこのバーにしか存在しなかった。
俺の好きだった同期──広川皐月は立派に成人している、俺と同い年の男なのに、すっごく可愛くて、少し幼い。
こんな店だったら喜んでもらえるだろうって、ネットを駆使して見つけ出したバーだった。
告白は2回。
……いや、初めての時は突然会社から呼び戻しが掛かって途中退席。
戻ったら広川は俺を忘れて先に家へ帰っていて、折角告白の覚悟を決めたと言うのに、それは無駄になった。
2度目は更に残酷で、告白の前に本人から恋人がいることを知らされた。
上手くいってないらしく、話の最中泣き出したから、今度こそ告白の機会と意気込んだ。
弱っているところに付け込もうと思ったわけじゃない。広川を泣かせるような相手なら、俺の方がしあわせにできる!って、本気で思ったからだった。
なのに告白の途中に広川の恋人が現れて、全力で阻止された。
なんとそれが、1度目の時に広川を連れ去った相手、しかもこの店のオーナーだって言うんだから……!
一生懸命アピールしたけど勝ち目がない。
マスターにも牽制をかけられて、俺は実質1度も告白ができないままに、泣く泣く広川を諦めることを決意したのだった。
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