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休業日
隣りに座ってジンライムを飲む年上の綺麗な人をチラリと横目で見て、小さくため息を吐き出す。
「……ん?」
リュートさんは俺の視線に気付くと、薄く笑って小首を傾げた。
美人すぎて泣きたくなる。
俺は握ったままのグラスを傾け、ビールを一気に流し込んだ。
「おかわり、いる?」
リュートさんが立ち上がって、カウンターへ入っていく。
「ギムレットください」
「はい。皐月くんと兄さんも、おかわりいかが?」
「俺はカミュ、皐月にはオレンジジュース出して」
水槽前の特別席から、オーナーの香島悠さんが答えた。
「えーっ、俺もお酒がいい!悠さん、もう1杯!ね、おねがいっ」
広川が両手を合わせてお願いしてる姿が見える。
……可愛いな…。あんなふうにお願いされてら、俺なら即行オッケー出しちゃうけど。
見惚れかけて、ハッとする。
ニコニコと目を細めて、リュートさんが俺を見ていた。
───怒ってらっしゃる……?
リュートさんは広川のことを弟みたいに思ってるらしく、お兄さんと弟の恋路に踏み込もうとする輩には容赦がない。
「え…ぇと、まったく広川ってば、困った奴ですね」
誤魔化すように笑ってみせると、リュートさんは「そうだね」とにっこり微笑んで、カウンターの俺の目の前にブランデーとオレンジジュースのグラスを置いた。
運んで来い、ってことなんだろうな……。
2つのグラスとコースターを持って水槽前のソファー席に行くと、広川が「ほんろにオレンジジュースらしーっ」と口を尖らせた。
酔いが回ってるせいで呂律が回ってない。可愛い酔っ払いだな。
「皐月は外ではこれ以上飲んだら駄目だよ。エロくなるから」
何だその理由は!?
「はあっ!?そんなわけないらろ!」
「なるの、お前は。今夜は貸し切り、ってもリュートもいるし、彼もいるし、な?」
「かれ……?あーっ、なつきら!なつきっ、いつ来たんらよぉっ」
「いつじゃないよ、広川と一緒に来たよ」
「はれ?そらっけ?」
うん、確かにこれ以上飲ませない方がいいな。
空のグラスを持ってカウンターへ戻ると、リュートさんが交換に俺にギムレットを出してくれた。
隣の席に戻ってきて、二人の方を振り返る。
「皐月くん、可愛いね」
「可愛いですよね~。結構酔ってましたよ。オレンジジュースで正解でした」
笑いながら、乾杯しようとグラスを寄せて傾けると、
「へぇ……」
リュートさんはオレのグラスを躱して、紫色のカクテルを喉に流し込んだ。
カクテルの飲み方じゃない。機嫌が悪いのかな、と理由を探す。
今日はローズの定休日だし、無理に店を開けさせられたことにも不満を持っているのかもしれない。
しかも、身内のオーナーと広川だけじゃなく、誘われたからって部外者の俺までノコノコついてきちゃったもんだから……。
まあ、腹は立つかもな。
「すみません。俺、帰りましょうか…?」
ポケットから財布を取り出そうとすると、
「どうして?」
手に指先を添えて止められた。
「邪魔じゃないですか?」
「邪魔じゃないどころか、居てくれないと困る」
指の間に指を通されて、右手をギュッと握られる。
「夏木くんは、僕にあの2人と3人きりで、この空間に居ろって言うの?」
「………あー…」
あの2人──デレデレに顔を崩したオーナーと、その膝に座って甘えまくりの広川と……
「俺なら、嫌かも」
「なら、帰るなんて言わないで」
リュートさんは絡めた指をすっと解くと、俺のギムレットに手を伸ばした。
「それから、今日は休業日だから、お金なんていらないから」
グラスを少し傾け、リップにチュッと唇を触れさせると、それを俺に手渡してくる。
少しだけアルコールに触れた濡れた唇がどうにも色っぽい。
答えずにいると、上目遣いに窺うように見つめてくる。
あの夜の、押し付けたベッドで見上げてきた潤んだ瞳を思い出して、身体がカッと熱を帯びた。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
目を逸らして、酒を口にする。
この人はきっと、人を煽るのが上手いんだ。
こんな綺麗な人がこの仕事についてるんだ、相手にも不自由しないだろう。
俺とは違って経験は豊富だろうし、そりゃあ俺みたいな脱・童貞したばっかりなヤツをおちょくるぐらい、なんて事ないんだろうけどさ。
他の客には敬語なのに、俺は子供扱いでタメ口だし。年下だからしょーがねーけど。
もう広川のこと狙ってないって言ってんのに、一緒に居ると怒るしさ。
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