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ありがとう、さよなら

「僕の顔が嫌い?」 思わず魅入っていたから、その言葉を理解するのが一瞬遅れた。 「功太はタチだから、僕の顔は好きだと思ってた」 顔……? やっぱりこの人は自分の容姿の良さを利用して、俺のことも便利な相手の一人にカウントしようとしていたのか。 「マスターは、綺麗ですよ。ただ、俺の好みじゃないってだけで」 せめてもの負け惜しみ。 本当は今だって、頬に流れる涙を舐めとりたいとか、俺のために泣いて震えてる唇を塞いでやりたいとか、気持ち悪いことを考えてる。 泣いてる顔が綺麗で可愛くて、もっと泣かせてやりたい、とか。 だけど、悔しいから認めることはしない。 『この人が好きかもしれない』なんて。 二度と会わないで、忘れてしまえばいい。 「功太は…皐月くんが好きなんだもんね」 眉尻を情けなく下げて、小さく笑う。 「それに僕の顔は、…人によっては、気持ち悪く感じるから」 「…は……?」 リュートさんは俺から見えないように、顔を伏せた。 「…声は、嫌いじゃない?話してても、平気?」 なにを…言ってるんだ?この人は……。 「あの、ね…?この顔、僕も嫌いなんだ」 「え…、顔って、マスターの…?」 こんなに、綺麗な顔なのに……? 「だって、得体が知れないでしょう?目も髪も変な色で、顔だって白過ぎる」 まるで幽霊みたいだ、とリュートさんは笑う。 飴色の髪は染めたわけではなく、 不思議な色合いの瞳はカラコンではなく、 全てが天然の色だったんだな。 肌の白さも、陽に当たらない夜の暮らしを送っていたからではなく…… 「僕は父親が誰だかわからなくて、もしかしたら白人なのかも。…て、そんなことはどうでも良いんだけど」 「どうでもいいって…」 「どうでもいいよ。母も亡くなったし、今となってはもう真実は、墓の中だ」 そんなこと、お具備にも出さずに、この人はカウンターの向こうで笑っていたのか。 いや、確かに世の中にはそんな事情のある人なんか溢れるほど居るのかもしれないけど。 だけどこの人は、俺がそれだけでも持て余していたゲイだって事情も抱えて…… それでもあんなに綺麗に笑っていたのか─── 「こんな顔でも、綺麗だって好きになってくれる人も居たんだ。僕はゲイだけど、好きになるのはノンケの人ばかりで、だけど、お前ならって……言ってくれたのになあ」 付き合った相手はノンケばかりが3人、とリュートさんは言った。 男でもお前なら抱けるって、3人共に体を求められたらしい。 「でもね、3人共、僕には舐めさせたり咥えさせたりを強要するくせに、僕のモノには全然触ってくれなかった。  結局その内の2人はダメだったけど、1人は一度だけ、ちゃんと抱いてくれたんだ。ゴムを着けて、さ…。  僕はそれを優しさって理解してた。実のところ、女性のとは違って汚いからって話だったんだけどね。  まあ、気持ちは分かるよね。そもそも挿れるところじゃなくて出すところだし。  僕には胸も無いし、余計なモノも付いてる。  ノンケの人に愛される訳が、なかったんだ……」 リュートさんは大きく息を吐いて──俺と視線を重ねると、目尻を下げて笑った。 「僕のモノを大切に扱ってくれたのは、功太だけだった。ありがとう」 しあわせそうに、さみしそうに、リュートさんは笑った。 「初めて仲間を好きになって逆に戸惑っちゃって、年上なのに、上手く立ち回れなくて、ごめんね。…一度でも抱いてくれて嬉しかったよ。功太……、さよな───」 「───っ」 頭が上手く働かない。 途切れ途切れだったり、一気に話が進んだり、緩急が付き過ぎてて……って言うか、頭が全然追っつかない。 好き、つった? ありがとう? ごめん? さよなら───? 冗談じゃない!! やっぱり無理だ! 俺の為に──俺の所為で涙を流すこの人を、このまま置き去りになんかできるか!

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