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よかったね
「こーたぁっ」
胸に顔を擦りつけてくる。
その呼ばれ方も、かなりクる。
これって今現状、俺にだけ、なんだよな?
名前の呼び捨て。甘えちゃってるバージョン。
なにこの優越。なにこのしあわせ感。
「リュ──」
あごに手を添え、上を向かせようとしたその瞬間、
尻ポケットに入れておいた携帯がブルブル震えた。
なんで今だよ。無視無視。
「こうた…?」
ほら、赤く熟れた唇が、俺のキスを待ってるでしょーが!
「…………」
…ブルブル煩い。俺は尻で感じねーっつーの!
「ちょっと、すいません」
あごに触れてた手を離して、携帯を取り出す。
「……広川?」
忘れ物でもしたか?
通話ボタンをタップする。
「はい、夏木」
『あ、やっと出た!夏木ー、へいきー?』
なんの心配だ?そしてお前、なんで韻踏んできた?ヒップホップか!
「平気。なにが?」
タイミングは平気じゃなかったけどな。
『あ、…ごめん、電話、迷惑だった?』
声が不機嫌になってたんだろうか。
急に広川の声がしゅんと沈み込む。
「あっ、いや!全然迷惑とかじゃないし!」
慌てて訂正すると、今度はリュートさんにツイ、と服を引かれる。
おぉう、俺の立ち位置…、足場超不安定。
『俺たち先帰っちゃったから、夏木ちゃんと帰れたかなって、心配で電話してみた』
「えっ、そうなん?広川いいこ~」
『いいこって…!子供扱いはやめろよな!』
怒ってる。ヤベー、かわいいなぁ。
………って!今までの薄暗い笑顔どころかアナタ、俺メチャクチャ睨まれてるじゃないですか!!
眉間にシワを寄せて、唇を尖らせて、グッと服を掴んで、睨み上げてくる姿が───
こっちもかわいいなぁ…。
突き出た唇に軽くキスを落として、電話に声が入らないようにと無言で怒る姿に───思わず笑いがこみ上げた。
「広川、俺まだローズにいるんだけどさ」
『えっ、そうなの?じゃあ気をつけて帰るんだよ』
「や、もうちょい居ようかと思って。リュートさんと付き合うことになったから」
『えっ?…えーっ!?そうなの!?そーなの!?ヤベー!おめでとーっ!!』
電話の向こうから、バタバタと走る音が聞こえてくる。それから、バンバンバンッ!!と扉を叩く音。
『ゆーさん!ゆーさん!トイレ入ってる場合じゃないよーっ!』
トイレぐらいゆっくり入らせてあげなさいって。
「じゃ、そういう事だから、電話切るな」
『うん!あっ!リュートさん!リュートさん!よかったね!!』
騒がしい通話を終了して、携帯をカウンターに置く。
「おめでとう、だって」
へへっ、と笑いが溢れる。
「よかったね、って…」
リュートさんはグスッと鼻を啜る。
「また、鼻かまなきゃね」
ティッシュペーパーを1枚取って、鼻に当ててやった。
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