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客とバーテンの温度差[5]
【夏木Side】
「リュートさん、…ごめんね」
立ち上がって頭を下げると、リュートさんは怪訝そうな顔をして小首を傾げた。
何を今さら謝罪なんて、ってトコか。
「広川たち、来ると思うし、帰る」
「えっ?」
止められる前に踵を返す。
────と。
「んぶっ…!?」
顔面を何かにぶつけた。
「功太、兄さんと皐月くんならそこに…」
そですか。俺は広川の愛する香島さんの胸に自ら飛び込んじゃったって訳ですか。
あぁ…、いっそネコになるのも良いかもしれない……。
逞しい胸に思わず安心しちゃって動けずにいると、
「こらーっ!」
広川に引っペがされて、怒られた。
ああ、頬を膨らませて怒る姿が可愛い。
やっぱり俺、ネコは無理かぁ……。
「夏木!お前なに勝手に帰ろうとしてんの!」
お前のビール、どーすんの!とカウンターテーブルを指される。
俺の1杯目のビールか。
そう言えばさっき、なにを飲むか訊かれたっけ。
俺なんも答えなかったのに、当たり前に1杯目のビール、出しやがって……。
分かってんなら、訊くなよな。
「広川にあげよう」
「いらないよ!俺ここではカクテルとブランデーって決めてんの。悠さんがダメって言うから、俺2杯しか飲めないんだぞ。きちょーっな2杯なの!」
「居酒屋のビールより旨いから」
「そりゃ、リュートさんが入れてくれんだもん。美味しいよ!」
言われた相手が照れるような嬉しいセリフを広川はなんの躊躇もせずに言ってのける。
素直でいいこ。
「んじゃ、これだけ飲んで帰るわ」
立ったままビールのグラスを手にすると、意外や香島さんにグラスを取り上げられた。
「夏木、リュートが何か言った?」
背中に手を添えて、イスに座らさせられる。
「……いや、別に何も…」
逆に、言葉が足りないぐらいで……
「取り敢えず、4人前用意してもらったから、夏木にも食べて行ってもらうぞ」
香島さんが、手にぶら下げていた紙袋を少し高く上げてみせた。
「出来たてあったかホカホカだぞ」
その向こう側から、ピョンとイスに飛び乗った広川が顔を覗かせる。
「なんですか?」
「夏木、夕飯まだだろ?」
弁当かな?それにしちゃ、ちょっと良さげな紙袋だけど。
「赤瀬さんのところで作ってもらってきた。ドリアだ、美味いぞ」
完全勝手なやつ当たり。
今一番聞きたくなかった名前に、きっと高くて本当に美味しいであろうドリアが急に色も香りも失って、俺にはまるで子供が作った砂団子でも食わされるような心持ちになったのだった。
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