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妹の事情
【夏木Side】
息が整わないままに、その人は怒声を上げた。
「この…っ、男好きっ!やっぱりアンタだったのね!!」
広川が目を丸くする。
指を突きつけられてるのは、リュートさんだ。
「あれだけ忠告したのに!未だに兄さんを誘惑して貢がせてるなんて!」
「誘惑なんかしてないし、貢がせてもない」
リュートさんは怒気の篭った目で、怒鳴りつけてくる女性を睨み返す。
「言い掛かりを付けるな、麗 」
知りあい…のようだ。しかも名前で呼ぶ間柄らしい。
「言い掛かりじゃない!そっちの世界に兄さんを連れ込んだのも、家に帰さないのもアンタがやってるんでしょうが!」
この人のお兄さんも、リュートさんの魅力の前に陥落した口の男か。
そりゃしょーがねーよ、おねえさん。
この人に迫られたら、ノンケだってグラついちゃうっつーの。
…てことは、この人、リュートさんの前の男の妹か。
じゃあ、余計に俺はいない方がいいな。
落ちたカバンを拾って、腕を組んで2人を見ている香島さんに会釈をして、俺はローズを後にしようと扉に手を掛けた。
「だから何度も言ってるように、兄さんは元々コッチの人だし、僕は一度も兄さんに惚れてたことなんかないし、逆だって…」
「嘘つき!アンタが普通の男を何人もソッチに引き摺り込んでることだって調べは付いてるのよ!」
って───兄さんって、香島さんかぁ!?
相変わらず落ち着いた様子の香島さんとは対称的に、すぐ近くで広川がワタワタし出した。
「あっ、あのっ、悠さんはっ」
「後で聞いてあげるからちょっと待ってなさい」
「はいっ!」
広川の手には負えないみたいだ。
でも、リュートさんは彼女と対等に渡り合えてるみたいだし……
帰っても構わないだろう。
今度こそ、ドアを自分で引き開ける。
「大体今だってこうして、兄さんのお金でお店建ててもらって!愛人じゃないなんて言って誰が信じるのよ!兄さんに色目使って、アンタは昔っからイヤラシイのよ!男のくせに!!」
「───あの」
肩に手を掛け、グイッと力を込めてこちらに向かせた。
「っ…なによ!?」
鋭い目に射貫かれる。
ああ、確かに…。香島さんの妹かも。
長身の美人で、妙な迫力がある。
そして、リュートさんの従妹か。
広川は怯えてるけど、俺はあんまり……恐くはないな。
「麗!功太は関係ない!」
関係ない…ね。
そっちの言葉の方が、オレには怖いわ。
「昔のことはどうだか知りませんけど、今はその人、俺に惚れてんですよね」
「は…!?」
「……功太?」
またこの人は、零れちゃいそうなほどにでっかく目ぇ見開いて…。
───可愛いな………
あー、もう、可愛い!!
「だから、この人俺の恋人なんで、言い掛かりで傷付けるのやめてもらえますか」
手を掴んで引き寄せて、彼女の目の前で唇を重ねた。
見開かれた目が閉じられ、震える手が背中にしがみついてくる。
「…ごめん。ごめんね、リュートさん」
「っ…こーたぁっ」
瞼からボタボタと涙が零れ落ちる。
正直、なんでリュートさんが泣いてるのかは分からないけど……
愛しいなぁ───そう心から感じて、零れる涙に口付けた。
言葉が、足りないんだっけ?
「……後で、たくさん話そう」
「……うんっ、話すっ……たくさん話すからっ、行かないでっ!こーたぁ…っ」
「…もう、どこにも行かないよ」
可愛い。…可愛いな。ヤバいな、この可愛さは。
早くみんな帰ってくんねーかな……
ふとそう思い掛けて、慌てて首を振る。
それだ!俺がそうやってがっつき過ぎたから、身体だけの関係になっちゃったんだってーの!
「なんなのよ、もーっ!」
いつの間にか放置していた香島さんの妹が、矛先を変えたようで今度は香島さん本人に突っかかっていく。
「兄さん!あれはどう言うこ──」
「あのっ!悠さんを誘惑してるのは俺で、俺たち結婚するんで!!」
「はあ───っ!?」
走って彼女を追い越した広川が、香島さんの首に飛びついた。
香島さんは広川の体を抱きとめると、
「だから昔から言ってるだろ。リュートは関係ないって」
彼女の目の前で、舌を絡ませる激しいキスをぶちかました。
広川の口内を犯しながら、開かれた瞳で妹の姿を捉える。
あの人、スゲェ……
あの状態で見つめられたら、妹じゃなくても落ち着かないわ!顔赤くなるわ!
「───もうっ、わかったわよ!たまには顔見せに来なさいよ!!」
香島妹は足音も荒く帰って行った。
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