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ネコは天然[1]

【夏木Side】 エレベーターを見送り戻ってきた香島さんは、扉を閉めると俺の顔を見て、ニヤリと笑った。 「アイツ、良いタイミングだったな」 「………そーですね…」 丁度出てこうとしてたトコだったからな。もう戻らないつもりだったし。 良いタイミングだったのか、悪いタイミングだったのか…今はまだ分からないけど。 戻ってきた香島さんに抱きついて甘えていた広川が、ふと顔を上げてこっちを見た。 「あっ!そう言えば夏木、会社戻んなくていいの?」 「「「…………」」」 香島さんの顔がだらしなく崩れて、広川の体をぎゅーっと抱き締めた。 「皐月はほんとに可愛いなあ」 「ぁっ…ん、ゆーさん、まってまって。夏木ぃーっ」 いや、こっちが待って待ってだよ。感じてる声のまんま俺の名前を呼ぶんじゃない! 「会社はもう平気になった」 「そうなの?よかったな!」 「ん…そうだな」 笑顔を向けてくるから笑い返すと、リュートさんにツンツンと腕を引かれた。 振り返ると、ムッとした顔をして下を向く。 ヤいてるのかな…? ヤいてくれてるんだろうけど…… 「リュートさん、正直俺、よく分からないんだけど……リュートさんって、俺のこと、好きなの?」 「っ───今さら何訊いてるの!?」 あ、怒られた。 「なにそれ!?どうしてそんな疑問が出てくるわけ!?」 顔真っ赤にして怒ってる。 どうして、って……。 自分が毎日は会いたくないっつったんじゃん。毎日来るな、って。 歳も何も詳しいことは教えたくないぐらい、信用ないんだろうし。 「俺とは、週一ぐらいが丁度いい…か」 マスターと客として飲んで、閉店後に身体重ねて、朝になったら会社に行く。 一週間に一度か二度、12時間も一緒に居られれば、充分です。ってか。 「今日はどうしたらいい?朝までいる?終電で帰ろうか?」 「え…、どういうこと…?功太がいいなら、朝までいて欲しいけど…」 「じゃあ泊まらせてもらう。そしたらさ、週末は来ない方がいいよね」 「えっ、どうして?週末、忙しいの?」 いや、どうして、って。 人のことやんわりと拒否しておいて、なんで今度は引き留めるかな。 コレが大人の駆け引きってやつ? 俺ガキだから、回りくどいの理解できないんだけど。 「こら夏木」 コン、と頭の天辺に拳が軽く当てられた。 「兄さん!」 リュートさんが責めた先、香島さんの顔を伺う。 「言葉にしなかったら、こいつには伝わらないぞ」 「…してます、けど」 「なら、ついでに言ってやれ。 俺は毎日でも逢いたいのにお前は夜だけでいいのか。歳も教えないで信用もしていないくせに、都合のいい時だけ呼び出して、体だけが目当てなのかってな」 「はっ───!?なにそれ兄さん!なんでそんな酷い嘘、功太に吹き込むんだよ!?」 「酷いってさ、夏木」 「あー……」 「え……?」 こっちを向いたリュートさんから、そーっと目を逸らす。 「功太……?」 長い指が伸びてきて、アゴをクイと引き寄せられる。 視線だけはなんとか外し続けて、笑って誤魔化そうとすると、 「なにが可笑しいのかな?」 ん?と小首を傾げて覗きこまれた。 「あ、あの…香島さんっ…!」 「功太、僕も苗字、香島だけど?」 「えっ、そうなの!?ってか、俺の呼んでるのは香島悠さんで…!」 「え、そうなの、で済むんじゃないか…」 リュートさんがなにかボソリと呟いたから、その瞳を見つめ返す。 「別に、何でもないです」 彼は首を横に振って、姿勢を正した。

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