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邪魔者[3]

夏木は洗い物を片付けて、二本目のビールを飲みながら経済新聞なんて小難しそうなものを読んでやがる。 「暇~っ」 足をばたつかせると、新聞から顔を上げて、苦笑するとベッドの向こうを流し見た。 「テレビ観てていいぞ」 「うん。夏木は?」 「俺はコレ読まないと。部内で出されてるノルマってのがあるの。取引先に行って話題が出て、知りませんでしたじゃ話にならないだろ」 「へぇー」 営業部って大変なんだなぁ。 俺んとこにはそう言うの無いからなぁ。 所詮他人事っていうかなんてーか。 テーブルの上のテレリモを取って、番組表を開く。バラエティーは…… 「夏木ー。ベッド借りるー」 リモコンを持ったままベッドに飛び込むと、「あっ、こら」と夏木が慌てて椅子から立ち上がった。 新聞を置いてこっちに来るから、遊んでくれんのかなぁと思っていると。 「ベッドはダメ」 肩を掴んで起こされた。 「なんでだよー?前は家にも泊めてくれるって言ってたじゃん。恋人出来たら友達に冷たくなるとか、なんでお前そんな友達甲斐ないヤツになっちゃったんだよー!そんな夏木はこうして、こうだぞ!」 腰を擽って力が抜けたところをばーん!と投げ飛ばす。 リュートさん家のベッドは、ダブルのロングって言う大っきいやつだ。 前はお酒を飲んで帰るのが面倒になった悠さんが泊まっていくことも度々あったから、大きなものを買ったらしい。 だから夏木もベッドから落ちることなく、ぼすんと布団に飛び込んだ。 「…広川、もう酔ってるだろ」 額に手を当てて、はーっと溜息。 なんだよ、もう。一足先に大人になりやがって…。 あーっ、もう、淋しい! 「ズルいズルいっ、夏木ーっ!」 俯せに近付いて、胸をボスボスと殴ってやる。 「何がズルいんだよ。いいから下りなさい」 言い聞かせるように頭を撫でられ、脇に手を挿し込んで抱き上げられた。 そんなつもりじゃないのは分かってるけど、指が脇を擽って身体がよじれる。 「んっ…やぁっ、くすぐったい…っ」 「変な声出さないの。それに広川、ここはリュートさんと俺のベッドだから、お前が寝てたらリュートさんが気にするだろ?」 「でもこのベッド、前は悠さんとリュートさんが一緒に寝てたって言ってたよ」 「あ、…んー……」 俺の脇を掴んだまま、夏木は固まって唸り出す。 「それなんだけどさ、広川。香島さんとリュートさんって…」 「ぁんっ…、だからくすぐったいって───」 「皐月くん…?」 バタン───と、重い扉の閉まる音がした。 リュートさんが、目を丸めてこっちを見てた。 「あ、リュートさん!ビール一本頂きました。ご馳走様です」 ベッドから下りて頭を下げる。 「あ……、ううん。それより、なかなか出てこないからどうしたのかな、と思って」 「カウンターに、…竜生(たつき)いるでしょ?アイツ苦手だから避難してたんだ。夏木も、赤瀬さんと林君いると居辛いって」 「そう…なんだ…」 リュートさんが視線を向けると、夏木は気まずそうに黙ったまま頷いた。 「ねえねえ、リュートさん」 「ん、なにかな?」 袖をツンと引っ張ると、リュートさんはいつもの優しい顔で首を傾げる。 なんとなくいつもと感じが違うような気がしたんだけど…。気のせいだったかな。 「このベッドさ、元々リュートさんと悠さんが一緒に寝てたやつだよね?」 「えっ?…ああ、時々ね。兄さんから聞いたの?」 「うん。悠さんが、自分も使うからロング買わせたんだって言ってた」 「そうだね。僕の身長じゃロングは必要ないから」 「じゃあ、やっぱり夏木が気にし過ぎなだけじゃん」 ベッドに上って、夏木の頭をポコリと殴る。 夏木は頭をガシガシとかいて、痛みを和らげているようだった。 「広川に下りろって言ったら、香島さんも一緒に寝てたんだからいいだろって。俺は冷たくて友達甲斐ない奴なんだってさ」 「そうだぞ!友達同士なんだから、一緒に寝るくらいなんてことないだろ!最近お前冷たい!もっと遊べーっ」 夏木に思い切り飛びつこうとすると、後ろからガバリとはがいじめにされた。 「皐月くん、僕が遊んであげるよ」 「えっ、ほんと!?わーい、リュートさんと遊ぶ~」 振り返って抱き返すと、リュートさんがにっこりと笑ってくれる。 「だから、功太に抱きついちゃダメだよ」 えっ……?あれ…? なんだ? リュートさんが、笑ってる筈なのに、なんか…… なんか、こわい………? 「功太、着替えちゃったの?」 俺の頭をひと撫でして、リュートさんが夏木の元へ向かう。 「ああ、ごめん。もう夕飯も食べた。生姜焼き美味しかったよ。リュートさん、ご馳走様」 「ん……。ほんとだ。ニンニク臭い」 夏木と唇を重ねて、くすくすと笑う。 夏木はごめんと低く笑い声を漏らすと、リュートさんの唇を奪って、その身体を抱きしめた。 「ただいま、リュートさん」 「おかえり」 なんか、俺の知ってる夏木じゃないみたいだ。 こいつ、恋人相手だとこんな感じになるんだな。 いや、この間までは、なんかこう、もっと余裕ない感じだった。 いつの間にか男になってて、なんか……悔しい。 ここに居たら俺、邪魔だよな…。 流石に察して、重たい扉をそーっと開けて店側に出た。

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