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嫌いだ[2]
「で、お前は中で何を?」
「んー?夏木がご飯食べてたから一緒に缶ビール飲んで、終わったのに新聞読んでるから暇になってね、テレビ観ていいって言うからベッドに転がって観ようと思ったらダメって言われて。
んで、抗争してたらリュートさんが来て、夏木取られちゃった。
アイツ最近付き合い悪いんだー。冷たいの」
「……ベッドで抗争してたのか?」
ん?なんだその質問は。
ベッド乗ってたって言っても、悠さんや女の子相手じゃないし、全然やましくなんかないぞ。
友達とだったらじゃれ合いくらいするだろー?
「そうだよ。夏木投げたら脇持って下ろそうとしてきて、くすぐったいから逃げようとしたんだけど」
そこでリュートさんが入ってきたからその隙に逃げたんだと説明すると、悠さんは額を押さえて盛大に溜息を吐いた。
「なんか変?」
話してたら喉が渇いたから、悠さんの目の前のお酒に口を付ける。
「いや、変と言うか、なぁ……」
なんだよ、その困ったような顔は。
「それはマスターも気が気じゃないですよね、オーナー」
赤瀬さんまで、二人で顔を見合わせて微妙な表情。
「他の人ならともかく、夏木君は元々広川君のことが好きだったんだから」
「───赤瀬さんっ!」
「あれ、知らなかった…?それは…、あー、失礼しました」
名前を叫んだ悠さんに、赤瀬さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「ん……?」
なんだって?
「悠さん…?」
「あいつ等には言ってやるなよ」
あいつらって、夏木とリュートさん?
ええと、なんだ…?
夏木が俺の事好きで、リュートさんはそれに怒ってて……?
「いやいやいや、夏木はリュートさんが好きなんでしょう?」
「今はな」
「初めにこの店に来た時、彼は君を好きだったよ」
「え……えぇー…?」
何だそのサプライズは。
しかも、終わってから他人の口から聞かされるとか、訳分からん!
「初めはね、マスターが一方的に好意を寄せてたかな。彼が来るとソワソワし出すし、表情が変わるから僕はすぐに気付いたけれど」
「リュートは分かりやすい奴ですからね」
「初めて彼が来た日にナイトアフロディーテをサービスで出していたくらいだから、その時点で既に…、だったんじゃないかな」
いや、説明端折り過ぎだって!
なんで夏木が俺の事好きだったとか、この人たちが知ってるの!?なんでだ!?
「分かりやすいで言ったら夏木君もね」
「そうそう。分かってないの、お前ぐらいだったぞ、皐月」
なんだよもう、二人とも……
「もう訳わからん!」
頭を抱え込むと、手の上から悠さんが宥めるように頭を撫でてくれた。
「だってさ…、過去はどうあれ今はリュートさんのことが好きなんだよ。俺のことなんてどうでもいいじゃん」
「お前だってさっき、竜生 君のこと気にしてただろ?」
「それは、向こうに気があるからじゃん~っ」
俺には全く気がないこと知ってるくせに。
俺のほうが先に夏木と友達だったのに……
「……今日のリュートさんは嫌いだ」
俯いて呟くと、悠さんは何も言わずに頭を抱き寄せてくれる。
「俺も夏木と遊びたかったのに、横取りされた」
きっと、リュートさんや夏木と、俺の感覚は違ってるんだろう。
俺にとっては悠さん以外の男は恋愛対象にならないけど、彼らにとっては総ての男が恋敵になり得るんだから。
「わざと見せつけてくるんだよ。夏木は自分のものだって」
「アイツも大人げねえなあ」
悠さんが喉を震わせて笑う。
「でも、ね……。俺のこと邪魔にした夏木や、追い出したリュートさんよりも、そんなことに腹立ててる自分が一番ヤダ…っ。俺、今自分のことすっごく嫌いだ───っ」
髪を撫でる手があまりに優しくて、堪えていた涙がポタリと零れ落ちた。
「赤瀬さん、失礼します」
悠さんが俺の体を抱き寄せて、立ち上がる。
「広川君は、素直で良い子だね」
赤瀬さんの声が背中に聞こえた。
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