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捨てないで

赤瀬さんが俺のこと、素直でいい子だ、って……。 いい子なんかじゃないことは自分でも充分わかってるのに… なんでそんなことを言ってくれるんだろう。 我儘言って勝手に泣いて、悠さんに迷惑かけてる。 お店の雰囲気だって、壊しちゃってる。 これじゃ、前に話に聞いた、リュートさんをからかった悪い客達と変わらないじゃないか…! 水槽前の専用席まで来ると、悠さんはソファーの上に俺を下ろした。 「っ…ごめっ…なさいっ、ゆーさん…っ」 「なにが?」 額にキスを落として、顔を覗きこんでくる。 きっと、謝っただけじゃダメだって言われてるんだ。 何が悪いのかちゃんと考えて、二度と同じ過ちを犯さないよう反省しなさいって。 「もっ…夏木の友達…やめる、からっ、…見捨てないで…っ」 なんて自分勝手な言い分だって自覚はある。 だって、悠さんが弟みたいに可愛がってるリュートさんを傷付けておいて、自分だけは捨てられたくないなんて、一方的な押し付けが許されるわけない。 それでも、 「捨てないでぇっ」 縋り付くように悠さんの胸にしがみついた。 ───放しなさい。縋り付くな、みっともない。 不意に、悠さんの声が頭の中に響いた。 前に、悠さんがリュートさんに向けて放った言葉だ。 俺は分かってなかったけど、あの時夏木は、リュートさんと別れようとしてたんだって、後から聞いた。 リュートさんはそれに気付いて、会社に戻るって言った夏木に付いて行こうとして、そして悠さんに……… そう……。悠さんが、言ったんだ。 ズルリと腕が垂れ下がった。 もう、ダメなんだ。みっともないんだ……。 こんなところで泣いてたら、悠さんに迷惑が掛かる。 帰らなきゃ……… 捨てられるんだ─── 足元から闇に飲み込まれていくよう。 俺、明日からどうしよう…… その心配は、住む所や生活のことじゃなくて。 悠さんがいない世界で、生きてけるのかな───? そうしてまた俺は、自分勝手な心配をする。 「…あ、お金……」 捨てられたなら、もう他人だ。 飲んだ分、払ってかなきゃ。 財布を取り出そうとポッケに手を伸ばすと、それを上から押さえつけられた。 「───まったく。お前らは、良く似た友達同士だな」 友達って……夏木のことだろうか? 「それなら、安心して。俺、もう、友達じゃないから」 「だから、勝手に結論付けるなって言うの」 ああ、涙でビショビショじゃないか、と苦笑する声が聞こえて、顔にハンカチがあてられた。 「はい、チーン」 ティッシュが鼻を覆って、鼻を思い切りかむとまた小さく笑われる。 「俺は今、夏木と一緒に捨てられたのか?」 ティッシュを入口付近のゴミ箱に放り投げると、悠さんは俺を胸に抱き寄せて頭に顔を乗せた。 「…違いますっ。捨てられたの、俺の方で……」 言葉にすると、その衝撃はますます大きい。 一度は止まった涙が、また粒になって次々と零れ落ちる。 「捨てないでからの一瞬で、どうしてそこ迄辿り着けるんだよ、お前は」 こういう時ばっかり頭高速回転させて……、そう呟くと、悠さんは頭を掻き混ぜてくる。 「明日、実家にご挨拶に行くんだぞ。泣いた顔のまま行ったら、ご両親に認めてもらえないだろうが」 瞼に唇が触れる。 「……え…?まだ、行ってくれるの…?」 その言葉が信じられなくて、目をぱちくりさせた。 悠さんは怒ったような表情を作って、おでこをピンと弾いてくる。 「まだも何も……。 俺はこの泣き虫で自己完結型の年下の恋人をこの上なく愛しちゃっているので、お前にもう要らないって言われても、簡単に離してやるつもりはない。 俺はお前に捨てられない為なら、いくらでも足掻いて縋りつくぞ」 「だって…っ、悠さん、縋り付くのはみっともないって言ったじゃないかっ」 「みっともない俺は嫌いか?」 「嫌いじゃないです…っ!好き……好きっ、悠さん───!」 抱きついた俺に、「また泣いて」と悠さんは苦笑してほっぺに触れる。 「悲しくても嬉しくても泣くんだな」 「うーっ、好きで苦しいー」 「…ああ。俺も、好き過ぎて苦しいよ」 背中に回った腕にギュッと、ほんとに苦しいほどに抱き締められた。 悠さんは大人で余裕がある人なのに、ほんとに……?ほんとに、俺のこと好きで苦しいの? 必死にしがみついてると、はぁ───と長い溜息が聞こえてきた。 布地に阻まれた身体から、ドクドクと激しく鳴り響く鼓動。 「焦ったー…。ホントにお前、心臓に悪いよ」 「え…?」 「え、じゃありません。はい、仲直りのキス」 「………うん!」 手のひらが頭の後ろを支えて、引き寄せられた。 触れた唇はすぐに離れて、でもまたすぐに重ねられる。何度も角度を変えて、味わうように、何度も何度も…… 「…ふぁ…ん……」 …気持ち…いい…… もっと……ってねだろうと目を開いて悠さんの瞳を探して、 「───っ!?」 ───固まった。 「ひゃあっ!」 慌てて悠さんの胸に顔を隠す。

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