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2人を結んだカクテル
抱き付いた形になった俺の頭を撫でてくれた手が、ピクリと動きを止める。
「…あ、…あー、そう言うこと……」
悠さんが、納得したように息を漏らした。
困ったように髪をかき上げて、振り返る。
「申し訳ありません、お騒がせして」
「いえいえ。なかなか人の恋愛事情って見られないでしょう?興味深く拝見させて頂きました」
赤瀬さんが優しく、艶っぽい笑みを零す。
「そうそう。男女だと外で恥ずかしげもなく揉めてるカップルも見かけるけど、男同士ってほぼ無いでしょ?」
ほっぺに手を当てて頷いてるのは、赤瀬さん狙いのオネエの美愛 さん。
「オーナーのビビってる顔も面白かったし」
林君が人の悪い顔をして、イヒヒと笑った。
───って!! なんで総動員で見物に来てるんだよ、ここのお客さん達はぁっ!?
だって俺っ、お店の空気悪くしちゃったって思って!
それで、反省とかっ……結局、泣くしかできなかったんだけど……
眉顰められちゃうより、笑って見ててくれた方が、確かにありがたい……けどっ!
「あーあ、僕も皐月くんみたいな恋人欲しいなぁ」
諒さんが俺の顔を覗き込みながら、羨ましそうに息を吐きだした。
うっ……、俺泣きまくった目、きっと腫れてんのに…。恥ずかしい……
「えっ!? じゃあ俺と…っ、あのっ、一緒に飲みませんか!?」
緊張しきりで声を掛けたのは、今日初めて見た二十歳そこそこの大学生っぽい子。
多分、予想……ネコっぽい。
「えっ、いいの?じゃあ飲もう飲も~。…でも、飲み物用意してくれる筈のマスターが居ないよ?」
諒さんは手のひらを合わせて喜んで、それから困ったように首を傾げる。
「そうだね。僕のグラスも空だし。…オーナー?」
赤瀬さんが、悠さんに問いかける。
「はい」
悠さんが俺の体を押し離して立ち上がった。
真っ赤な顔を隠す場所がなくなって、オロオロしてしまう。
なんでこのソファー、クッション置いてないんだよぉ!
あーっ、もう!!
「皐月、おいで」
悠さんが、手を差し出してきた。
「……はい」
手を乗せて、俯いたまま立ち上がる。
手を引いたまま、悠さんは俺をカウンター席に誘導した。
そしてスッと手を離すと、本人は席につかずに離れていってしまう。
「っ…悠さん……?」
一気に不安になって追い掛けようとすると、隣に腰を下ろした赤瀬さんに頭を撫でられた。
「大丈夫だよ、広川君」
大丈夫…?
見ている先で、悠さんはカウンターの跳ね上げ扉から中へ入る。
リュートさんを呼びに行くんだろうか?
だけど、悠さんはいつもリュートさんが立つ位置に着いて。
「皆様、何をご用意致しましょうか?素人の作るものですから、サービスで提供させて頂きますよ」
わぁっと店内に歓声が上がる。
「オーナー太っ腹ぁ。樹季 くんは何いただく?」
「あ、えっとー」
「当店オリジナルカクテルのナイトアフロディーテは如何ですか?」
「ナイトアフロディーテ…、夜の…女神様?」
ナイトアフロディーテ───
夜の愛の女神。
初めて逢った夜に、悠さんがご馳走してくれたカクテルだ。
口説く時に使うんだって言って…。
「 …星の舞い落ちる夜空の下、出会った二人に愛が芽生える───」
「よく覚えてたな」
カウンターの向こうで悠さんは、洗った手を拭きながら照れたように笑う。
「だって、悠さんが教えてくれた───初めて逢った夜に俺にくれた想い…だから」
「えっ、オーナー達を結んだカクテルなんですか?」
「じゃあ僕たちそれにする!
ね、樹季くん。僕たちも、オーナと皐月くんみたいに、笑ったり泣いたりしながら愛を育んでいけるパートナーになれたらいいね」
「はいっ!」
見た目可愛いのにタチで「自分には需要がないから」って言ってた諒さんと、ずっと一人で悩んでて初めてこういう場に来たって話す樹季くん。
そんな2人が目の前で意気投合して嬉しそうに笑ってる姿に、なんだかまた涙が零れそうになった。
まだ精神状態が安定してないからかな。
それとも、俺いつの間にか涙脆くなっちゃってんのかな?
シェーカーを振る悠さんの姿が、やけに様になってて格好良い。
こんなことまで出来るんだ。全然素人の動きじゃないじゃないか。
「オーナーは、大学生の時にバーテンの仕事をしてたんだよ」
赤瀬さんがこそっと教えてくれる。
ほんとに……こんなに何でも出来る素敵な人が、俺の恋人でいいのかな?
俺と結婚なんて、しちゃっていいのかな?
不安な気持ちが顔に出ちゃったんだろう。
赤瀬さんにカミュ・ナポレオンを出した悠さんは、しかたないなと言いたげに笑って、俺に手招きをした。
前のめりになると、カウンターから身を乗り出しておでこにキスを落としてくれる。
「あのな、お前は既に俺の一部なんだぞ。俺の心臓なの。お前が居なくなったら、息も出来なくなるだろう?」
「…そう、かな……?」
「だから、お前は全身全霊で、俺に愛されていなさい」
おっきい手のひらがほっぺたを撫でて、
「続きは帰ってからな」
耳元で囁かれた。
「うん!」
それでも離れていった手を淋しく思ってると、目の前にコトリとグラスが置かれる。
オレンジ色の飲み物の匂いをくん…と嗅いでみる。
「………また!オレンジジュースじゃん、これ!」
また勝手に俺のアルコール摂取をセーブする!
「ああ。皐月はそれ以上飲んじゃ駄目だぞ。俺がこっちにいるのにそれ以上エロくなったら堪らん」
かと思えば、また変なことを言い出して…!
「はあっ!?なに言ってんの、馬鹿じゃないの悠さん!」
「ねえ、こういう可愛くない事を言ってくるんですよ、若い子っていうのは。でも、可愛くて仕方ないんです」
「はいはい。ご馳走様です」
だらしない顔をするから、赤瀬さんも呆れ気味だ。
………もうっ!
「勝手に赤瀬さんに惚気けんなーっ!」
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