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おかしい[1]

【悠Side】 「皐月、俺おかしくないか?」 「うん。おかしくないよ」 「…ネクタイ、やっぱりさっきのパステルグリーンの方が良かったか?明るめのネクタイを付ける機会があまりないから、似合うのか似合わないのか分からなくてな…」 「それで平気じゃない」 昨夜から必死に選んだスーツのセットの、ネクタイだけをついさっき変えた。 着てみたらしっくり来なかったと言うのが理由だが、これも合っているのかどうか自分ではイマイチ分からない。 普段は自分で似合うものを選べているはずなのに、思った以上にテンパっているらしい。 せめて、皐月がいつも通りに「似合う」だの「格好良い」だのと言ってくれれば自信が持てるんだが。 そう考えて、ハッと気が付いた。 そうだ。皐月の様子がおかしい。 何を聞いても心ここに非ず。 よくよく見れば、先に支度も終わったはずなのに、ネクタイは上手く結べていないし髪も所々寝ぐせが立ったままだ。終いには、靴下にスラックスの裾が入り込んでいる。 「……皐月、何があった?」 跪いて裾を直し、寝ぐせを撫でつけながら尋ねると、皐月はビクッと肩を震わせた。 俺には知られたくない事だったのだろうか…? 「あ…、やっぱさ、自分の親って言っても緊張はするよね」 誤魔化すように目を逸らして笑う。 そんなお前の嘘が見抜けないほど、俺の愛は浅くなんかないっての。 「困ったことや悲しいことがあったら、全部俺に話しなさい───と言ったのを忘れたか? 」 「っ…ううん!忘れてない!」 皐月は首がもげそうな程に首を横に振る。 「なら、俺は頼りにならないか…」 「違うよっ!」 「まあ、俺もすぐに気づけなかったしな。…頼りにならないよな」 「そんなことないよ!なんでそういう事言うんだよっ!」 掌で思い切り胸元を叩いてくる。 こんな時にも拳でなく掌を───気を遣いながら怒る。 皐月は本当に優しくていい子だ、と心に染みた。それはまあ、惚れた欲目なのかもしれないが。 大切にしたいと思う。なによりも、皐月の心を優先したいと思う。

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