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おかしい[2]
【悠Side】
「皐月、ご実家に電話を入れてもらえるか?先に伝えておきたいことが出来た」
痛かったろう、俺を叩いた掌を撫でながら願い出ると、
「え?…うん」
皐月は多少戸惑いながら、ポケットから携帯電話を取り出した。
「……あ、母さん?……。うん、今から行くとこ。でもね、その前に悠さんが伝えたいことがあるんだって。……。うん、そう。替わるね」
皐月から携帯電話を受け取って、耳に当てる。
電話に出たのが母親の方で良かったと、少しホッとしながら。
「お電話替わりました。はじめまして、香島と申します。おはようございます」
それでも緊張しながら名乗ると、
『あらあら、ステキな声ね、悠さん。はじめまして、皐月の母の美雪です。おはようございます』
随分と好意的な様子で、美雪さんは挨拶を返してくれた。
だと言うのに、俺の体は更に硬くなり、心臓もその動きを早める。
女性相手に緊張したことなどないのに……。
自分で考えたことに可笑しくなって、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「本日は、お時間を作って頂き有り難うございます」
『いいえ。私も楽しみにしてるんですよ。皐月がどんな恋人を連れてくるのか』
「ガッカリさせなければ良いのですが」
『ふふっ。お父さんは素敵な方がいらしたほうがガッカリしてしまうかも』
このふんわりとした優しい雰囲気の母親に、皐月は育てられたのか……。
きっと温かい家庭で暖かい家族に愛されて………
まっすぐで愛くるしい皐月に育ったのだろう。
ついほんわかとしかけて、しかしすぐに当初の目的を思い出すと、俺は腹にグッと力を込めた。
向こうから見える筈もないが、体を腰から2つに折る。
「大変申し訳無いのですが、12時からのお約束、夕方からに変えて頂けないでしょうか」
「えっ……悠さん!?」
驚いた皐月が袖を引く。
『……お仕事ですか?』
戸惑っているのか怒っているのか、それとも思うところがあるのか、判別の付かない声音で訊ねられ、額から汗が流れ落ちる。
「いえ、仕事とは関係ありません。プライベートの問題です」
頭を下げたまま、美雪さんの答えを待つ。
『………んー、もうっ。せっかくお昼作ろうと思ったのに』
顔は知らないはずなのに、皐月によく似た女性が唇を尖らせる姿が頭に浮かんだ。
『お昼だったらなんとなくノリで誘えたのに、夜ご飯だとお父さんが良いって言い出さないと私からは声掛けられませんよ』
なんとなくノリで、って、なんだか皐月みたいだな……。
フッと口元が緩む。
『なーんて。お父さんには私からフォローを入れておきますから、安心していらしてくださいね』
「有り難うございます」
電話の向こうの皐月の優しい母親に、俺は深く深く頭を下げた。
「……悠さん…」
不安げな皐月が腕に触れる。
さて、手回しが済んだら問題の皐月だが……
そう言えば、と更に思いつく。
昨夜、夏木から電話があったな。
正直己の事でいっぱいいっぱいで、服装の事を相談するだけ、こちらの用事だけ済ませてすぐに切ってしまった。
夏木が俺に電話をしてくるのは毎回リュート絡みだから、てっきりそうだと思い込んでいたが。
「皐月。夏木か?」
「っ……」
この様子を見るに、夏木絡みと見て間違いない。
「皐月、大丈夫だ。怒ってないし、呆れてもいない。ゆっくりでいいから話してごらん」
できるだけ優しく語り掛け髪を撫でると、皐月は小さく頭を頷かせた。
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