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友達をやめる理由[1]
【悠Side】
皐月の実家から、リュートと夏木の住居でもあるバー『 Une roue de roses 』通称ローズへと行き先を変えた。
今から行っても構わないかと訊ねれば、夏木は「ありがとうございます!お願いしますっ!」と必死な様子で快諾した。
皐月の様子を見れば明らかではあったが、可愛い恋人の杞憂の理由に、更に確信を得ることができた。
そして、2対2で向かい合った俺達は、───いや、俺は皐月と、夏木とリュートの間に、沈黙の気まずさの只中に立たされている。
「夏木、リュート。皐月と喧嘩したのはどっちだ?両方か?」
何故か俺の背後に身を隠す皐月からは、昨夜夏木に「友達やめる」メールを送ったという事実しか聞き出せなかった。
だから仕方なく2人に訊いたのだが……。
「俺が冷たかったから!」
「僕が意地悪したから!」
同時に言葉を返されて、聞き取れないこともないが。本人たちも分かっていないということか。
だが、
「皐月はそんなことで怒って友達をやめる等と駄々を捏ねるような子じゃないだろう」
これも惚れた欲目なのかもしれないが、それでも皐月が2人を嫌いになったわけではないと、俺は確信している。
もし本当にそうなのであれば、朝から気もそぞろになる理由もない。
昨夜この場で皐月は確かに、「今日のリュートさんは嫌いだ」と言った。
夏木は自分を邪魔にした、と。
リュートに部屋から追い出されたと。
そして、「友達をやめる」とも、確かに言った。
しかしそれは、己が我儘を言ったと思った皐月が俺に捨てられたくない一心で吐き出した言葉で、そんなことをされる訳がないと分かった段階で終わった話だと思っていた。
皐月は2人を嫌いになったわけではない。
だからその後に言った、2人に腹を立てている自分がすごく嫌いだという言葉。
───いや。そうじゃない…な……。
「皐月?」
体ごと皐月に向き直り、屈んで顔を覗きこむ。
「2人はお前の行動の原因が、己の所為だと自己嫌悪している」
「っ……!」
皐月は眉尻を下げて瞳を潤ませると、黙ったまま必死に首を振る。
「なら、こいつらにちゃんと教えてやらないとな。友達をやめたい理由を聞かないうちは、こいつらも納得できないだろ?」
子供に言い聞かせるように穏やかに促すと、皐月は俺の袖にギュッと掴まって足元に視線を落とした。
「っ……兄さん…」
リュートが一歩踏み出し、こちらも俺の腕を掴んでくる。
「僕達なら平気だから、皐月くんが言いたくないなら…」
「リュート。甘やかすな」
両腕に触れる手が、それぞれビクッと小さく震えた。
リュートは俺の腕を離し、皐月の手もまた力を失っていく。
二人共、怒られたと思っているのだろう。
……俺は、言葉が足りないのかもな。
皐月の手が離れる前に、その体を抱き寄せた。
「皐月を甘やかすのは、俺だけの特権なんだよ」
だからリュートのフォローはお前がしろ───
視線だけで伝えると、夏木はすぐに気付いたようでリュートの頭を抱き寄せ頬にキスを落とした。
……何もそこまでしろとは言っていない。
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