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さっちんとミキ[1]
【悠Side】
赤瀬さんのイタリアンを、と一瞬過 ったが、そう言えば夏木が苦手視しているんだったなと思い出し、歩いて行けるサラダバー、ドリンクバー付きのファミリーレストランへと進路を変えた。
ほら、夏木にだって充分気を遣ってやってるじゃないか。
振り返り目を合わせると、夏木が不思議そうに首を傾げた。
全く伝わっていないようだ。
昼間の表だからか、2人は少しの間を空けて並んで歩いている。
見る者が見ればそれと判る雰囲気は消せていないが、休日とはいえ夏木の会社の付近だ。流石にリュートも気兼ねしているのだろう。
………前言撤回。
時々ぶつかる手と手に快感を見出しているようだ。あの変態め。
出掛けると言ったら、夏木は着ていた黒の長袖Tシャツにサックスカラーのオックスフォードシャツを羽織ってきた。
若者らしく爽やかな服装が似合って、羨ましい限りだ。
リュートは白の開襟シャツに黒のテーラードジャケット。どうにも夜の気配を消せない奴だ。
「おい、夏木。こんなに胸肌蹴 させてて構わないのか?」
リュートの胸元を指差してコソッと訊いてみると、意外と大きく声が出ていたのか、突き出していた手をリュートに叩き落とされた。
夏木は困ったように笑っていた。
食事中盤、サラダのお替りを取りに行くと張り切った様子の皐月について席を立った。
「悠さんもサラダ?」
「いや、俺はコーヒーお替り」
自分で取りに行くシステムが物珍しくて、実は少し楽しい、と言ったらリュート辺りに馬鹿にされるだろうか。
……いや。
コーヒーマシンの順番に並びながら皐月の方をチラリと見やると、サラダバーのデザートコーナーでリュートが楽しそうに何を取ろうかキョロキョロしているのが見えた。
あれで俺を馬鹿にしようものなら、からかい返してやる。
深煎りのブレンドコーヒーを持って、サラダバースペースへ向かう。
皿に山盛りになった野菜に掛けるドレッシングを選んでいる皐月を見つけ、声を掛けようとして───
「あれ?もしかしてさっちん!?」
───先を越された。
皐月と同世代、だろうか。少し派手めな外見の女だ。
「えっ…?…あっ、ミキ!?」
皐月も誰だか分かったのか、声を上げて彼女を指さす。
こらこら、人に指を差してはいけません。
「皐月、知り合いか?」
声を掛けると振り返り、皐月は嬉しそうに笑った。
「悠さん!うん、高校の同級生」
「そうか。はじめまして、皐月の保護者です」
目が合うと、その女は「ひぅっ」と不思議な音を発した。
「ヒドイっ、悠さん!なんだよ保護者って」
皐月が胸をポカリと叩いてくる。
「こら、熱いコーヒーを持ってるんだぞ。お前にかかったらどうする。危ないだろ」
頭を撫でると、ごめんなさい、と眉尻を下げた。
可愛いな…。
憂いを帯びた泣き顔も可愛かったが、皐月はやはり無邪気に笑っている顔の方がいい。怒っている姿もいい。
そして、困っている顔は加虐心をそそる。格別だ。
「さっきさ、隣の席の子たちがイケメンの席があるって騒いでたからあたし達も見に行ったんだけど」
皐月の友達───ミキと言ったか───が、いたずらっ子のような顔をして笑う。
「奥のカワイコちゃんが、まさかさっちんだったとはね~」
「なんだよカワイコちゃんって」
皐月は不服そうに口を尖らせる。
「いや、だってさ、保護者さん、超オトナイケメンでしょ。それに、爽やかイケメン君と、超絶美人男子もいたじゃん。そこに入っちゃったら、さっちん子供だし、なんて言うか…カワイコちゃん?」
超絶美人男子……若者言葉は不思議だな、と思いながら彼女を見ていると、極近くから視線を感じた。
「ん?」
皐月が俺を見上げて、物言いたげにしている。
「…ああ。お前が可愛いことは、俺が一番分かってるよ」
察して、頬を撫でながら耳朶をクリっと摘むと、
「ちがーう!男にカワイコちゃんは変だろって言って欲しかったの!」
刺激でほんの少し赤くなった顔で怒られた。
「えっ、…えっとー…」
ミキが、俺と皐月を交互に見て、何か言いたげに口を開く。
「失礼、お嬢さん。先にコーヒーを置きに行っても?」
「っ…ヒィッ!はいっ!」
コーヒーカップを掲げてみせると、ミキはまたおかしな声を上げた。
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