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格好悪くない

ミキと会って、なんか変な空気になっちゃったな…。 昔の彼女の事とか悠さんには知られたくなかったし、自分の知らないトコで変な名前で呼ばれてたとか、かっこ悪い……。 一旦ローズに戻って時間を潰してから、約束の時間に着くようにと車で実家に向かった。 悠さんは人の気も知らないで、「そう言えば卒業アルバム、実家に置いてきたって言ってたな」なんてほくほくと顔を綻ばせる。 「見せないよ。昔の俺、かっこ悪いもん」 「どうした?拗ねてるのか?」 信号待ちで停まった車内、悠さんがからかう様にほっぺを突付いてくる。 「だって、俺…ウザがられてたって……」 すると悠さんは、今度は指先をおでこにつん、とさしてくる。 「ミキは、キラキラ輝いてたって言ってただろう。皐月の悪い癖だぞ。悪い部分しか聞き入れようとしない」 「良い部分しか聞こうとしない奴よりいいと思う…」 「真逆だが、変わらないよ」 信号が青に変わって、車が発進する。 「けどな、お前は今、それよりも一番大事なことを忘れている」 悠さんは前を向いたまま、先を続けた。 「昔の自分は、情けなく見えるかもしれない」 「うん…」 俺も前を向いて、悠さんの言葉に頷く。 「じゃあ、昔の俺は格好悪いと思うか?」 「そんな訳ないよ。だって、悠さんだもん」 「…俺だって、格好悪かったよ。今ほど身長もないし、考え方も幼い。お前と違って、俺はゲイだからな。腹を割って話せる友達も居なかったし、自分に自信など持てる訳もなかった」 「それって、格好悪いの?」 再び信号が赤になって、車がスーッと停まる。 「真っ直ぐで、人を傷つける行為が許せない。だから相手に注意をする。人を助ける。───それって、格好悪いのか?」 「あ……、ぅ…」 「だけど、一番大事なところはそこじゃないぞ」 返す言葉を失った俺に、悠さんは更に追い打ちを掛ける。 「いくら昔のことだからって、恋人の事を本人から悪く言われて、俺はとても悲しくなった。好きな人を傷つけることは、悪いことじゃなかったのか?皐月」 名前を呼ばれて、本当に悲しそうな顔を向けられて、胸がキューッと痛んだ。 腕を引き寄せて、ぎゅっと抱き締める。 「……ごめんなさい。悠さん」 「分かってくれればそれでいい」 愛おしむようなくちづけが降りてきて、そして頬を撫でた手がハンドルを握る。 青信号。ゆっくりと発進した車が、そろそろ見知った道へと入っていく。 運転している悠さんの横顔は、いつものように頼もしくて格好良いけど、いつもとは違って、表情筋に力が篭っていた。

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