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大切にします
「皐月、一緒に戻ろう」
悠さんはもう一度そう言って、手を差し出してくれた。
「悠さんは、皐月が腕の中に居ないと眠れない体になってしまいました」
冗談みたいな顔して笑うけど…
「ほんとに?」
「ほんとに」
「泊まりで出張とかあったらどうすんだよー」
手を握ると、強く、だけど優しく…握り返してくれる。
「皐月に有給とってもらって連れていくかな」
「俺の仕事事情は?」
「俺の皐月事情の方が切羽詰まってます」
「なんだよそれー」
笑いながら、繋いだのとは逆の手で悠さんの腕に抱き付こうとして…躊躇する。
イヤ…かな?困るかな?
「皐月」
だけど悠さんは、包み込むような温かい目で俺を見て、子供にするみたいに頭を撫でてくれる。
全然エッチじゃない、宥めるような触れ方で。
「悠さんは賢者タイムに入りました」
「ふふっ、そうなんだ。じゃあ俺も、甘えんぼタイムに突入しよう」
「スネたり甘えたり、ネコみたいだな」
「悠さん悠さん、抱っこで連れてって欲しいにゃー」
「はいはい」
ネコの真似をしてみたら、悠さんがよいしょっと体を持ち上げてくれた。
「好きー」
首に抱きついてすりすり頬擦り。
「おー、仲直りしたか?」
「ひぉうっ!?」
突然掛けられた声に、思わず変な音を発してしまった。
そろ~りと視線を向ける。
予想通り、襖の隙間から父さんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「ええ。ご心配お掛けしてすみませんでした」
謝んないでいいっての、あんな意地悪親父になんて。
「どうせ皐月の我儘なんだろ。ごめんなー、男のひとりっ子は母親が甘やかすから」
「父さん、うるさい」
「来る時間変更したのも結局は皐月の所為だもんな」
そうだよ。悠さんはなんにも悪くないんだよ。悪いのは恋人の趣味だけだよ!
って、悪かったな!!
「悠さん、行こ」
肩に顔を押し当てて急かせると、悠さんは父さんに「失礼します」と頭を下げて歩き出した。
「皐月、やっぱりお母さんと寝る?」
母さんが部屋から顔を覗かせて、心配そうに訊いてくる。
だから俺は安心させるように、笑顔を向けて首を振った。
「ううん。悠さんと寝る」
「そう?」
母さんは少し淋しそうに顔を伏せる。
母さんにも会釈をすると、悠さんは襖を開けて、部屋へ入った。
そして、襖を占める瞬間、
「皐月がお嫁に行っちゃう…っ」
母さんの嘆く声が聞こえて、思わず顔を見合わせる。
「美雪、子供はいつか親離れしてくもんだからさ」
「お腹の中にいた頃からずっと大切にしてきたのに…っ」
「はいはい。美雪ちゃんは俺が大事にするから、皐月は悠にあげような」
「皐月~~っ」
「ほらほら、電気消すよー」
隣の部屋の声、こんなに聞こえるものだったんだな……。
悠さんが大人でよかった。
何もいたさなくてよかった……と漸く気付いたと同時に、もうひとつ───母さんの気持ちにも気付くことが出来て、なんだか胸がきゅっと苦しくなる。
悠さんは、そんな俺の気持ちが伝わったのだろう───ベッドに入る前、その手前で抱っこから俺を下ろして、正面から優しく抱きしめてくれた。
「大切にします」
背中に手を回して、抱き返す。
「俺も、貴方を大切にします」
「ありがとう」
耳元で聞こえた声は少し掠れていて、俺の胸が震えていたせいか、少し水っぽく振動して心へと届いたのだった。
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