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考えなくちゃ[3]
「皐月」
「っ……はい…」
肩がビクッと震えた。
それを悠さんはまた撫でてくれて、頭を抱き寄せられた。
勢いのまま、胸にこてんと寄りかかってしまう。
「俺がこれから言うことが嫌だと思えば、皐月はちゃんと俺に嫌だと伝えてくれ。そうでなければ、俺に従って欲しい」
「はい……」
何を言われるんだろう……?
思わず身構える。
「皐月。俺のばあさんの墓参りに行くぞ。ついて来い」
「え……?」
もっと、俺達の今後についてなにか言われるものと思っていたから、拍子抜けした。
「嫌か?」
「っ嫌じゃない!行きたいです!あっ…」
またすぐに、行きたいとか…!
「そうじゃなくて、その…っ」
「行ってくれるか。…ありがとう」
「えっ、なんで!?」
なんでお礼なんて言われてるの!?
「それから、さっきの実家の件だが…俺の母親は、まともな人間じゃないんだ。
前にも話しただろう?
子供はばあさんに預けたまま放置し、愛情の欠片も与えられなかった。
そんな女と会えば、皐月が傷つくかもしれない。
お前は優しい子だから、俺の境遇を思って心を痛めるかもしれない」
「俺っ、優しくなんか…っ」
「俺には贅沢すぎるほど、優しくていい子だ」
だったら悠さんの方こそ、
…俺には贅沢すぎるほど、優しくてあったかくて、おっきい人じゃんか……
「実は夏木からの電話、な…。あれで、実家に挨拶に行くなら自分達も連れて行けって言われたんだよ」
元々行くつもりはなかったんだけどなぁ、と悠さんは ぼやくように呟く。
「まあ、もう10年以上会ってないし、育てられた恩もないしな。報告に行くなら俺もリュートも、ばあさんのとこだろ」
悠さん、前におばあさんが母親代わりだったって言ってた。
大人になったら孝行するんだって思ってたのに、中学生の時にぽっくり逝っちゃったって…。
「取り敢えず、実家の事はリュートと話してみるか。あいつも俺の母親に特別な思い入れなんかないだろ」
「…そうなの?」
「ああ、万年氷みたいな女だぞ」
何も気にしてないみたいにフッと笑うから、つられて笑みを零してしまう。
「それよりも皐月、俺は気付いた」
「…なんですか?」
身体がふわりと宙に浮いた。
わわっとしがみつくと、悠さんはそのまま歩いて行って窓に掛かったカーテンを開けてしまう。
部屋が一気に明るくなった。
眩しくて思わず目を瞑ると、目の縁を指の背で擦り上げられる。
「お前はまた、余計なことを考えていただろう」
何考えてた?と笑いながら訊かれる。
「あ…の…、悠さんに捨てられちゃう、って…」
「だーから、皐月がいないと俺は呼吸もできないんだって、何度言ったら覚えてくれるんだ?それだけ愛されてるって事実は嬉しいんだけどな」
ベッドに下ろされて、肩を押されて……
「これからは、俺について来いって言うから」
仰向けに倒れたところに、悠さんがのしかかってくる。
「嫌だったら嫌だと言えばいい。そうじゃなければお前は笑って、俺について来い」
昭和の男より優しいだろ?って悪戯っぽく笑うから───
「はい!」
俺は悩まなくていい答えをくれた悠さんに、笑って抱きついたのだった。
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