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母親[1]
【悠Side】
小料理屋─小雪─
母親の店だ。
4人で話し合って、ここまで来たのだから店にぐらいは寄っていくか、と少しだけ足を伸ばした。
まさか此処に来て酒を飲む気にもなれない。車で来ているが、問題ないだろう。
店には『準備中』の札が掛かっていた。
暖簾を潜って中へ入ると、カウンターに座っていた女が即座に立ち上がった。
「ご無沙汰ね、兄さん」
妹の麗 だ。後で知れば気分を害すだろうから一応、とメールを送っておいたのだが…。
やはり先に来ていたか。
リュートを敵視している麗のことだ。余計なことを言って喧嘩にならなければいいが…、とつい憂いてしまう。
それに、リュートを相手にあれだけ絡んでくる相手だ。皐月に牙を剥かなければいいが。
出来るだけ傷つけられないよう守ろう。何か有ればすぐに店を出ようと、皐月を背後に庇った。
だと言うのに皐月は、夏木と共にリュートの前に立ちはだかり、必死に守ろうと表情を堅くしている。
ああ、まったく……。
皐月は、男なのだ。
俺と出会わなければ、男でいられたのだ。
恋人に守られるのではなく、守る立場の側。
だが今は、守りたい───俺の恋人だ。
一生涯、放してやるつもりはない。
リュートや夏木ごと皐月を守るよう、改めて3人の前に立った。
「なにしてるの、兄さん。早く中に入ったら」
だが麗の反応は前回と異なり、妙に素っ気なかった。
「入口で立ち呆けていたら邪魔になるのが分からないの?早く座りなさい」
そしてそれが、十数年ぶりに聞いた母親の声だった。
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