129 / 298

母親[1]

【悠Side】 小料理屋─小雪─ 母親の店だ。 4人で話し合って、ここまで来たのだから店にぐらいは寄っていくか、と少しだけ足を伸ばした。 まさか此処に来て酒を飲む気にもなれない。車で来ているが、問題ないだろう。 店には『準備中』の札が掛かっていた。 暖簾を潜って中へ入ると、カウンターに座っていた女が即座に立ち上がった。 「ご無沙汰ね、兄さん」 妹の(うらら)だ。後で知れば気分を害すだろうから一応、とメールを送っておいたのだが…。 やはり先に来ていたか。 リュートを敵視している麗のことだ。余計なことを言って喧嘩にならなければいいが…、とつい憂いてしまう。 それに、リュートを相手にあれだけ絡んでくる相手だ。皐月に牙を剥かなければいいが。 出来るだけ傷つけられないよう守ろう。何か有ればすぐに店を出ようと、皐月を背後に庇った。 だと言うのに皐月は、夏木と共にリュートの前に立ちはだかり、必死に守ろうと表情を堅くしている。 ああ、まったく……。 皐月は、男なのだ。 俺と出会わなければ、男でいられたのだ。 恋人に守られるのではなく、守る立場の側。 だが今は、守りたい───俺の恋人だ。 一生涯、放してやるつもりはない。 リュートや夏木ごと皐月を守るよう、改めて3人の前に立った。 「なにしてるの、兄さん。早く中に入ったら」 だが麗の反応は前回と異なり、妙に素っ気なかった。 「入口で立ち呆けていたら邪魔になるのが分からないの?早く座りなさい」 そしてそれが、十数年ぶりに聞いた母親の声だった。

ともだちにシェアしよう!