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母親[3]

【悠Side】 「熱燗?お冷?」 「いえ、車で来ているので、酒は結構です」 「男が4人も居て、運転は貴方だけなのね」 皐月が隣で縮こまる。 「東京は道が混むので、車だとかえって時間がかかるんですよ。殆どがペーパードライバーです」 「そう。そちらの皐月さんは東京の方なのね」 「いえっ、東京は大学からで、実家は横浜ですっ」 「そう」 一見興味が無いように見えるが、その実やけに訊きたがっていることに驚いた。 「貴方は、いつからゲイなの?」 随分とストレートな質問だ。 「気付いたのは中学生の頃かな。初めは貴女の所為で女性に興味が持てないのかと思っていたが、どうやら男が好きだっただけのようで」 「あら、母親に対して酷い」 そう言って彼女は、何故だか声を立てて笑った。 母親の笑顔など初めてで、動揺してしまう。 「貴方は?」 「あっ、俺…、僕は、ゲイじゃないんです」 「俺で結構よ」 「あっ、はい。…えと、俺は…、悠さんが特別で、悠さんとお付き合いしてるんですけど、それでもゲイになったって訳じゃないんです」 「そう…。麗が、悠はリュートにゲイをうつされたって言っていたものだから、てっきり」 「えっ、それはないです。同性愛は伝染病じゃないからうつらないんですよ。リュートさんは綺麗で可愛いからそうじゃない人に好かれることもあるけど、その相手だって結局素質の無い人はやっぱり女の人が好きなんだと思います」 「そう。それじゃあ貴方もやっぱり、女の人が好きなの?」 「いえ。俺が好きなのは悠さんです」 「そう」 小さく頷く母親に、どうだ!と言ってやりたくなった。 皐月はこんなに真っ直ぐで、純粋で、心から俺のことを愛してくれているんだ。 愛を与えない女の腹から産まれた、相手の事情も知ろうともせず、愛されないと嘆いて拒絶していた俺のことを。 「近々皐月と結婚する。日本じゃ同性婚は認められていないから、俺の養子という形で籍に入ってもらう」 「そう」 昔から聞くその相槌は、興味が無い故のものではなかったのだろうか。 「リュートも…、あいつは籍に入りたがっていたが、夏木のほうが年下だから、リュートの籍に夏木が入ることになる」 「そう」 「今日は、ばあさんの墓参りに来たついでに、…その事も話そうと思って来た。一応貴女が、母親だから」 やけに子供じみた言い方になってしまっただろうか。 「そう。…麗、とうとう置いて行かれたわね」 母親が、フフッと笑った。 「母さんなんて結婚すら出来てないじゃない」 麗が眉を顰めて言い返す。 女同士は時を経て、随分と友好な関係を築いているらしい。 「あの…」 出されたお通しにお礼を言ってから、皐月がおずおずと口を開いた。 「お母さ…小雪さん…は、悠さんのこと好きなのに、なんで興味ないフリしてるんですか?」 「……皐月?」 皐月は理解不能な事を言い出して、女将を見上げた。 「そんなフリをしているわけではないのよ」 こっちもこっちで、可笑しな返しをする。 疑問符を乗せて視線を送ると、麗は呆れたように肩を竦める。 「愛し方がね…分からないの」 母親は更に、俺の脳のキャパをオーバーヒートさせるべく言葉をぶち込んできた。 「この子がまだ赤ん坊の頃にね、母に奪われたの。ちゃんと結婚もしていないような母親に、子供を育てられるわけがない。自分が育てるってねぇ。まあ、今思えば確かに、よね。けど、それを言ってる母も、結局こんな娘しか育てられなかったんだもの。何を偉そうなことを言ってるのって話よねぇ」 この母親は、こんなにもお喋りだったのか。 マシンガントークを皐月相手にかまし、若干ビビらせている。 まあ、小料理屋の女将などしているのだ。話が好きであっても不思議はないが。 「子供たちも皆母に懐くでしょう?私なんて、時々会う親戚のおばさん扱いよ。接し方が分からず戸惑っていれば、男の子達はそのまま巣立ってしまって、The END」 「エンドじゃないですよ。今ちゃんとこうして腹割って話せてるし」 「あら、とってもいいこ」 皐月の魅力のせい、なんだろうか。 いつの間にかあの澄ました顔が、笑みを湛えている。

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