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引っ越し[6]
ランチは銀座のお寿司屋さんで頂いて、午後の作業は……
悠さんと夏木は力仕事。
俺はリュートさんと一緒に、ローズの開店作業。
お寿司屋さんは悠さんが普段は仕事で使う、目の前で握った時価のお寿司をカウンターで頂く高級寿司店だった。
自分で「いいモン食わせて」って言ったくせに夏木は始終縮こまって、
「今度は夜に連れてきてやろうか」
と言う悠さんに全力で首を横に振って拒絶した。
俺は、…悠さんに甘やかされて少し贅沢に慣れてきちゃってるから、つい一緒に夏木の様子を笑ってしまった。
そう言えば、契約中も毎回美味しいお店に連れてってもらってたっけ……
なんとなく思い出して───そうしたら契約中の切ない想いまで胸によみがえってきて、…なんでか胸が、きゅうぅっと痛んだ。
今はちゃんと幸せなのにな…、変なの。
箒で集めたゴミを塵取りに纏めて──って言っても綺麗で殆どゴミなんて落ちてないんだけど──リュートさんにお掃除が終わったことを報告する。
「ありがとう、皐月くん」
リュートさんは烏龍茶の入ったグラスを渡してくれた。
いただきますをして一口飲む。
「ごめんね、リュートさん」
「ん?なにが?」
自分の飲み終わったグラスをシンクに置いて、リュートさんが首を傾げた。
「今日せっかくの土曜日なのに、お手伝いしてもらったり、夏木のこと借りちゃったり」
「そんなこと。僕は、皐月くんが上に越して来たことが本当に嬉しいんだから。それに功太の代わりに今日は皐月くんが手伝ってくれてるし」
「役に立ってる…?」
おずおずと質問するとリュートさんは、
「勿論。それに、とっても楽しいよ」
と笑顔で答えてくれた。
更には、
「そうだ。会社辞めて一緒にローズで働く?」
仕事の勧誘付きだ。
当然冗談だろうから、俺は笑って、
「会社クビになったらよろしくお願いします」
冗談で返したのだった。
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