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家族[1]

「勝手に玄関前まで来るな。エントランスで鳴らせばいいだろう」 「ここ分かりづらいのよ。リュートの店に訊きに行っちゃったわ」 麗さんは「お邪魔します」と一言、スタスタと部屋へ歩いて行くと、ダイニングテーブルに持っていた包みのひとつを置いた。 ここのビルは1階から4階までは商業施設、5階から上がマンションになっている。 だから4階までは表のエレベーターで行けるけど、5階から上は裏の住宅街道沿いのエントランス、もしくは地下駐車場から入って、マンション専用の階段か、エレベーターに乗らないと行けない作りになっている。 エレベーターは、3階にも停まるよう設定されているのだけれど、リュートさんは余り居住側の玄関を使わないから殆ど3階のボタンは使われることがない。 俺もさっき開店のお手伝いの行き帰りに使った時に初めて、リュートさんの家に玄関があることを知ったぐらいだ。 エントランスから先はカード認証か、住人の誘導がないと入れないようになってるから、きっとリュートさんが居住側の玄関からエレベーターに乗せてあげたんだろう。 リュートさんと麗さん、ちゃんと仲直りしたのかも。 そうなら良かったな…って、麗さんの凛とした背中に笑いかける。 麗さんの置いた包みを見て、悠さんが首を傾げた。 「なんだ?引越祝いか?」 「そ。母さんからのね」 「わっ、小雪さんから?開けていい?」 走り寄ると、悠さんが「転ぶなよ」と苦笑を漏らした。 悠さん、昼間っからずっと俺のこと、園児かなんかだと思ってないか? 「あっ!ゆーさん、見て、ご飯ご飯!」 風呂敷包みを解くと二段重が、そして蓋を開けると色とりどりの和食の数々が鎮座していらっしゃった。 「美味しそ~っ」 栗ご飯、筑前煮、天麩羅…… 「えびっ!これおっきい、えび!すごいよ、ゆーさん、見て見て!」 さすが小雪さん、プロの女将のお重だ!! 「麗さん、ありがとーっ」 「いいえ。そこまで喜んでもらえたなら母さんも喜ぶわ」 笑顔で応えてくれる麗さんの隣には、ちょっと渋い顔の悠さん。 ん……? 「俺だって旨いもん食べさせてるつもりだったんだけどな」 なんか、ボヤいてるし。 「あのねぇ、悠さん。俺いつも美味しいもの作ってもらってたり、ご馳走してもらってたり、ちゃんと分かってるしすっごく感謝してるよ。 だけど、これは小雪さんが作ってくれたご飯だろ。 だから俺、悠さんのお母さんにちゃんと認めてもらえたんだって、すっごく嬉しいんだよ! 悠さんは早々に俺の親と仲良くなってさ、…それはそれですっごく嬉しいんだけど。 俺だって…、悠さんのお母さんに好きって思ってもらいたいもん」 一気に言い切って、分かったか!と言わんばかりに仁王立ちで見上げる。 悠さんは俺の目を見つめて、大きく息を吸って、吐き出して。 え?なんで今深呼吸? って思ってる前で、静かに、 「来てくれてありがとう。今日のところは帰りなさい」 麗さんにお礼を言うと、彼女を回転させて背中を押した。 「───って、悠さん!麗さん、せっかく来てくれたのに!」 「なんだよ、皐月。お前、麗の前で抱かれたいのか?」 「っんな!?──わけないだろ!何言ってんだよ、悠さんのヘンタイ!!」 「あー…、私男じゃないけど、今のは判ったわ。皐月が悪いわ」 「なんでだよ!?」 麗さんまでヘンな事を言い出す始末。 香島兄妹、意味わからん!! 「とにかく!麗さんはせっかくお祝い来てくれたんだから、ちゃんとゆっくりしていってよ!」 大声で言い聞かせると、麗さんは可笑しそうに悠さんの顔を見て、勿論、と答えてソファーに座ってくれた。

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