150 / 298

お母さん[1]

【リュートSide】 功太の家でお昼をご馳走して頂けることになって、功太のお母さん──史香さんと一緒にキッチンに立った。 史香さんは気さくな人で、息子の男の恋人に対しても気兼ね無く話してくれて、とても有り難かった。 「慣れてるわねぇ。若いのにしっかり料理してる手つき」 言われた通りの切り方で野菜を切っていると、史香さんが感心したように声を掛けてくれる。 「料理は趣味で、……でも、あの、…そんなに若くはないです…」 訂正すると、何歳?と訊かれた。 正直、苦手な質問だ。 若作りしているから歳を言えば驚かれるし、功太よりも7つも上で恥ずかしいし、みっともないとすら思う。 けれど功太のお母さんに誤魔化しはしたくなくて、素直に32歳だと答えた。 「あら、いいじゃない。姉さん女房」 意外な返しに面食らう。 すると史香さんはカラカラと明るく笑って、包丁を置いた僕の背をポンポン、と軽く叩いた。 「あの子意外と抜けてるとこあるから、しっかりした奥さんに締めてもらえたら助かるわ」 「史香さん……」 受け入れてくれた言葉に胸がいっぱいになって、また涙が滲んできた。 史香さんはふっと微笑んで、頭をヨシヨシと撫でてくれる。 これ……、功太と同じ撫で方だ……。 そう気付いた瞬間、溢れた涙がポロリと零れ落ちた。 「リュート君───リュート?史香さんじゃなくて、お母さんでいいんだからね」 大人の男のくせにボタボタと泣きだした僕に、史香さんは呆れたりもせずに、撫でる手も止めずにこの上なく嬉しい言葉をかけてくれる。 「おか…あさん…っ」 「はい」 「…おかあさんっ」 「なあに?リュート」 「おかあさんっ、おかあさんっ…!」 「うん。…お父さんのことも後で呼んであげてね。絶対喜ぶから」 「はいっ、おかあさん…っ」 ずっと、もう20年以上も、誰かをお母さんなんて呼んだことはなくて、 これからも誰にも、そう呼びかけることはないと諦めていて。 僕はずっと、求めているようで総てを諦めていて……。 愛する喜びを、愛される喜びを、お母さんを、お父さんを…… 色んな幸せを与えてくれた功太のことを、ずっとずっと離したくないと───改めて、思った。 自分よりもずっと小さいのに、大きく感じる母の存在感。 抱き締められながら嗚咽を漏らして、まるでひと桁の子供に戻ったみたいだ。 背中を撫でてくれる手。 ……ああ、その手付きも、功太に似ている。 きっと功太はこうして、お母さんに愛されて育ってきたんだね。

ともだちにシェアしよう!