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お母さん[1]
【リュートSide】
功太の家でお昼をご馳走して頂けることになって、功太のお母さん──史香さんと一緒にキッチンに立った。
史香さんは気さくな人で、息子の男の恋人に対しても気兼ね無く話してくれて、とても有り難かった。
「慣れてるわねぇ。若いのにしっかり料理してる手つき」
言われた通りの切り方で野菜を切っていると、史香さんが感心したように声を掛けてくれる。
「料理は趣味で、……でも、あの、…そんなに若くはないです…」
訂正すると、何歳?と訊かれた。
正直、苦手な質問だ。
若作りしているから歳を言えば驚かれるし、功太よりも7つも上で恥ずかしいし、みっともないとすら思う。
けれど功太のお母さんに誤魔化しはしたくなくて、素直に32歳だと答えた。
「あら、いいじゃない。姉さん女房」
意外な返しに面食らう。
すると史香さんはカラカラと明るく笑って、包丁を置いた僕の背をポンポン、と軽く叩いた。
「あの子意外と抜けてるとこあるから、しっかりした奥さんに締めてもらえたら助かるわ」
「史香さん……」
受け入れてくれた言葉に胸がいっぱいになって、また涙が滲んできた。
史香さんはふっと微笑んで、頭をヨシヨシと撫でてくれる。
これ……、功太と同じ撫で方だ……。
そう気付いた瞬間、溢れた涙がポロリと零れ落ちた。
「リュート君───リュート?史香さんじゃなくて、お母さんでいいんだからね」
大人の男のくせにボタボタと泣きだした僕に、史香さんは呆れたりもせずに、撫でる手も止めずにこの上なく嬉しい言葉をかけてくれる。
「おか…あさん…っ」
「はい」
「…おかあさんっ」
「なあに?リュート」
「おかあさんっ、おかあさんっ…!」
「うん。…お父さんのことも後で呼んであげてね。絶対喜ぶから」
「はいっ、おかあさん…っ」
ずっと、もう20年以上も、誰かをお母さんなんて呼んだことはなくて、
これからも誰にも、そう呼びかけることはないと諦めていて。
僕はずっと、求めているようで総てを諦めていて……。
愛する喜びを、愛される喜びを、お母さんを、お父さんを……
色んな幸せを与えてくれた功太のことを、ずっとずっと離したくないと───改めて、思った。
自分よりもずっと小さいのに、大きく感じる母の存在感。
抱き締められながら嗚咽を漏らして、まるでひと桁の子供に戻ったみたいだ。
背中を撫でてくれる手。
……ああ、その手付きも、功太に似ている。
きっと功太はこうして、お母さんに愛されて育ってきたんだね。
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