170 / 298
Pretty Kitty[1]
【悠Side】
「香島さん。広川、マジィっスよ」
随分と砕けた口調で話すようになった夏木が、カウンターの2つ離れた席から隣の椅子へと移動してきた。
「皐月がどうした?」
皐月がピンチと聞いては黙っていられない。
身を乗り出すと、夏木は少し身を引いて苦笑した。
「いや、俺営業部の営業一課なんですけど、最近二課の先輩がちょっかいかけてるみたいで」
「なに?男か?」
「男ッス」
「ほら、言わんこっちゃない」
この前も出勤前に注意したんだ。お前は可愛いから警戒しろと。
皐月は、そんな事はないと笑い飛ばして、それならばリュートの方が心配だと言ってきたが。
「なんですか、言わんこっちゃないって」
夏木が失笑する。
「いや。アイツ可愛いだろう?」
「や、それ俺が答えると拗ねちゃう人いんですけど…」
夏木は水槽前で皐月と魚を見ているリュートをそっと窺ってから、顔を近付け声を潜めた。
「元々可愛かったけど、香島さんと付き合うようになってからの色気がハンパねーんです。最近なんか、昼間っからずっとムンムンなんですけど、なんかしてるんスか?」
そう言われても、特に変わったところは籍を入れたことくらいで、逆に言えばそれ以外に思い当たる節がない。
「幸せオーラかな」
フッと微笑うと、夏木はお腹いっぱいな顔をして、「はいはい、ご馳走様です」と頭をペコリと下げた。
「広川、だからのお花畑か…」
お花畑……。
確かに、最近の皐月はずっとニコニコしていて、今なら頭に花が咲いていても違和感ないだろう。
「でもまあ、狙われてるっつっても、広川全然気付いてなくて…」
夏木の話では───
就業終了直後、皐月は営業部の先輩から食事に誘われて、用事があるからと断わっていたらしい。
今日は週にたった1日の、皐月とリュートが楽しみにしている、ローズの休業日だ。
なら明日は?と問われ、
「夏木が一緒だったらいいですよ。皆で行きましょう」
と答えたそうだ。
「俺の大切な人、すっごくヤキモチ焼いてくれるんです。だから、誰かと2人で食事なんか行ったら、心配掛けちゃいます」
「男同士だろ?」
「男同士でも焼いちゃうんですよ。俺、超愛されてるんで」
そこで飛び切りのキラッキラの笑顔。
先輩は面食らったように視線を逸らして、少し離れたところで話が終わるのを待っていた夏木を見つけた。
「じゃあ、なんで夏木は良いんだよ?」
鋭い視線を向けられて、夏木は愛想笑いを返す。
「夏木はうちの人の従弟の恋人なんです。だから、夏木だけじゃなくて、4人で遊んでるんです」
そして芋づる式に、夏木の交際もバラされたそうだ。
『うちの人』か……。
良い響きだな……
そんなことを考えて頬を緩ませていると、夏木に、
「香島さん、顔ヤバい。気持ち悪い」
とツッコまれる。
夏木、リュートの失礼がうつってきたんじゃないか?
顔を引き締めて、改めて夏木に向かい直す。
「夏木。会社の中じゃあ俺は全く手出し出来ない。皐月のことを頼んでいいか?」
夏木はプッと吹き出すと、勿論です、と爽やかに笑った。
「俺も部署が違うし外出多いから、常に側にって訳にはいかないんですけど、目が届く範囲で、守ります」
イイ奴だよな、夏木は。
ノンケにしか惚れたことのないリュートが夢中になっている相手だ。
夏木が告白する前に、皐月を浚えて良かった───
もし夏木の告白が先であれば、皐月は今頃夏木と付き合っていたかも知れない。
そして俺は昔のように、なんとなく良いなと思うぐらいの相手と付き合い、歳を重ねていくだけ………
「っ! 夏木、頼むから皐月には手を出さないでくれ」
皐月のいない世界を一瞬でも想像して身震いをすると、夏木は可笑しそうにそんな俺を笑い飛ばした。
「いやいや、無いから、それムリですから!」
「それならいい」
「てか、どんだけ広川のこと好きなんスか!あ、じゃあ俺も言っとこう。香島さん、リュートさんのこと取らないでくださいね」
夏木のセリフに、先程とは異なる寒気が走る。
「それこそ無理だろう。リュートだぞ?」
「何言ってんです。リュートさん、超キレかわじゃないですか!」
こいつこそ、何を言っているんだ。
リュートなんか、ただ容姿が整っているだけじゃないか。
「だから、俺広川のこと守りますから、香島さんもリュートさんのこと、守ってくださいね」
「はぁ?俺もか?」
「何嫌がってんですか!交換条件。ほら、はい、約束」
無理矢理カチンとグラスをぶつけられて、乾杯させられる。
夏木と乾杯してもなあ…?
不満が表情に出ていたのだろう。
「この人ホント、広川のこと以外はどーでもいいんだな!」
夏木はそう言って笑うと、グラスに残っていたビールをグイッと飲み干した。
ともだちにシェアしよう!