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Pretty Kitty[1]

【悠Side】 「香島さん。広川、マジィっスよ」 随分と砕けた口調で話すようになった夏木が、カウンターの2つ離れた席から隣の椅子へと移動してきた。 「皐月がどうした?」 皐月がピンチと聞いては黙っていられない。 身を乗り出すと、夏木は少し身を引いて苦笑した。 「いや、俺営業部の営業一課なんですけど、最近二課の先輩がちょっかいかけてるみたいで」 「なに?男か?」 「男ッス」 「ほら、言わんこっちゃない」 この前も出勤前に注意したんだ。お前は可愛いから警戒しろと。 皐月は、そんな事はないと笑い飛ばして、それならばリュートの方が心配だと言ってきたが。 「なんですか、言わんこっちゃないって」 夏木が失笑する。 「いや。アイツ可愛いだろう?」 「や、それ俺が答えると拗ねちゃう人いんですけど…」 夏木は水槽前で皐月と魚を見ているリュートをそっと窺ってから、顔を近付け声を潜めた。 「元々可愛かったけど、香島さんと付き合うようになってからの色気がハンパねーんです。最近なんか、昼間っからずっとムンムンなんですけど、なんかしてるんスか?」 そう言われても、特に変わったところは籍を入れたことくらいで、逆に言えばそれ以外に思い当たる節がない。 「幸せオーラかな」 フッと微笑うと、夏木はお腹いっぱいな顔をして、「はいはい、ご馳走様です」と頭をペコリと下げた。 「広川、だからのお花畑か…」 お花畑……。 確かに、最近の皐月はずっとニコニコしていて、今なら頭に花が咲いていても違和感ないだろう。 「でもまあ、狙われてるっつっても、広川全然気付いてなくて…」 夏木の話では─── 就業終了直後、皐月は営業部の先輩から食事に誘われて、用事があるからと断わっていたらしい。 今日は週にたった1日の、皐月とリュートが楽しみにしている、ローズの休業日だ。 なら明日は?と問われ、 「夏木が一緒だったらいいですよ。皆で行きましょう」 と答えたそうだ。 「俺の大切な人、すっごくヤキモチ焼いてくれるんです。だから、誰かと2人で食事なんか行ったら、心配掛けちゃいます」 「男同士だろ?」 「男同士でも焼いちゃうんですよ。俺、超愛されてるんで」 そこで飛び切りのキラッキラの笑顔。 先輩は面食らったように視線を逸らして、少し離れたところで話が終わるのを待っていた夏木を見つけた。 「じゃあ、なんで夏木は良いんだよ?」 鋭い視線を向けられて、夏木は愛想笑いを返す。 「夏木はうちの人の従弟の恋人なんです。だから、夏木だけじゃなくて、4人で遊んでるんです」 そして芋づる式に、夏木の交際もバラされたそうだ。 『うちの人』か……。 良い響きだな…… そんなことを考えて頬を緩ませていると、夏木に、 「香島さん、顔ヤバい。気持ち悪い」 とツッコまれる。 夏木、リュートの失礼がうつってきたんじゃないか? 顔を引き締めて、改めて夏木に向かい直す。 「夏木。会社の中じゃあ俺は全く手出し出来ない。皐月のことを頼んでいいか?」 夏木はプッと吹き出すと、勿論です、と爽やかに笑った。 「俺も部署が違うし外出多いから、常に側にって訳にはいかないんですけど、目が届く範囲で、守ります」 イイ奴だよな、夏木は。 ノンケにしか惚れたことのないリュートが夢中になっている相手だ。 夏木が告白する前に、皐月を浚えて良かった─── もし夏木の告白が先であれば、皐月は今頃夏木と付き合っていたかも知れない。 そして俺は昔のように、なんとなく良いなと思うぐらいの相手と付き合い、歳を重ねていくだけ……… 「っ! 夏木、頼むから皐月には手を出さないでくれ」 皐月のいない世界を一瞬でも想像して身震いをすると、夏木は可笑しそうにそんな俺を笑い飛ばした。 「いやいや、無いから、それムリですから!」 「それならいい」 「てか、どんだけ広川のこと好きなんスか!あ、じゃあ俺も言っとこう。香島さん、リュートさんのこと取らないでくださいね」 夏木のセリフに、先程とは異なる寒気が走る。 「それこそ無理だろう。リュートだぞ?」 「何言ってんです。リュートさん、超キレかわじゃないですか!」 こいつこそ、何を言っているんだ。 リュートなんか、ただ容姿が整っているだけじゃないか。 「だから、俺広川のこと守りますから、香島さんもリュートさんのこと、守ってくださいね」 「はぁ?俺もか?」 「何嫌がってんですか!交換条件。ほら、はい、約束」 無理矢理カチンとグラスをぶつけられて、乾杯させられる。 夏木と乾杯してもなあ…? 不満が表情に出ていたのだろう。 「この人ホント、広川のこと以外はどーでもいいんだな!」 夏木はそう言って笑うと、グラスに残っていたビールをグイッと飲み干した。

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