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アイドル

3階に着いたエレベーターから降りると、ローズの扉の前に一人の男性が大きなカバンを抱えて立っていた。 「お疲れ様です。撮影終わりました?」 夏木が尋ねると、お疲れ様です、とその人は頷き返す。 「じゃあ、もう平気ですね」 「あっ、待ってください!」 夏木がドアを開けようとすると、慌てて回り込んできた。 「マスターは中ですか?」 「ええ、まあ…」 「じゃあ、自分ここの住人なんで」 「いやっ、そうなんですが……」 ん…?と疑問に思う。なにかこの人変だ、って。 夏木もそう思ったんだろう。 扉とその人との間に立ちはだかると、俺に先に入るよう目配せしてくる。 急いでドアを開けたから、結構な大きい音が立った。 中に居る人達が振り返った。 片方はアイドルと思しき背の高い女の子で、その子に壁に押し付けられていたのは─── 「リュートさん!?」 「…っつき君…っ」 リュートさん……キス…されてた───!? 俺に視線を向けたリュートさんの瞳から、涙の大粒がポロリと───転がり落ちた。 「……っ!」 「リュートさんっ!!」 俺を押しのけるようにして、夏木が駆け付ける。 「なに、アンタ?邪魔しないでよ」 リュートさんを抱き締めて庇う夏木をアイドルは邪魔者を見る目で睨み付けた。 「この綺麗なお兄さんは今から、アタシとイイコトすんの。分かったら外で静かに待ってなさい!」 テレビの中ではキラッキラの笑顔で歌い、カメラ目線でウインクする───その瞳が、醜く歪んでる。 ギラギラして、まるで別人だ。 「リュートさん、遅くなってごめんね。もう、俺がいるから。傍にいるから」 夏木はアイドルには見向きもせず、崩れ落ちそうなリュートさんの体を労るように優しく抱き締めていた。 「ごめん…こぉた…ごめんなさい…っ」 リュートさんは哀しそうに喉を震わせて、しゃくり上げている。 昔、家政婦に襲われた事を思い出して動けなくなったのかも知れない。 恐怖で身体が固まって、抵抗できなかったのかも。 なのに、自分は悪くないのに、自分の方が傷付いているだろうに…… リュートさんは泣きながら、夏木を傷付けたんじゃないかと、嫌われてしまうんじゃないかと、必死に謝っているんだ。 だと言うのに、 「ヤり足んなかったらお兄さんもステキだから、次に相手してあ・げ・る」 ───本気なのか?本気で言ってるのか?この女は!? 「バカかアンタ!!」 リュートさんが、望んで女になんか好きにされるワケ無いじゃないか! 「バカってなに!?」 俺に気付いたアイドルは、夏木に向けた時よりも鋭い視線をこちらに向けてきた。 「アイドルの私に相手してもらえるなんて、身に余る光栄でしょ!」 「ハァッ!?…フザケんなよお前!」 その背後では、リュートさんが夏木に縋り付いてフルフルと首を振ってる。 その度涙がポロポロと零れて痛々しい。 唇を擦り切れるほど手の甲でゴシゴシと拭っていたかと思うと、その手で口元をウッと押さえ込んだ。 「リュートさん、吐く?」 頭を頷かせる。 「いいよ、トイレ行こう。おいで」 手を引く夏木に口を押さえながら何度も、何度もリュートさんは「ごめん」と繰り返した。 夏木は店側のトイレにリュートさんを誘い入れた。 ドアがパタン、と閉まる。 --------------- ☆作者より☆ キス程度でこんなに傷つくか!三十男が!乙女か! などお怒りもございましょうが、 ●次キャラ馬鹿の作者が、我が子可愛さに、あまり酷い目に合わせたくない(ムリちゅーで精一杯) ●リュートの中で、子供の頃の出来事がトラウマになっている 等の理由があります。 乙女な三十路男をどうぞ見逃してやってくださいませm(*_ _)m 真宮寺うさぎ🐇

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