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ありがとう

夏木は、よっ、と掛け声をかけてリュートさんを抱き直した。 リュートさんが身動ぎして、うっすらと目を開く。 「…さ…つきくん……」 リュートさんのぼんやりとした瞳が、俺の顔を捉える。 「…リュートさん。広川が、俺達の事を守ってくれたの、一緒に聴いてたよね?」 「あ………、っ!皐月くんっ、皐月くん?!どうして泣いてるの!?」 夏木の腕から転がり落ちるように下りたリュートさんが、俺の脇で膝をついた。 悠さんの胸から離れて、リュートさんにしがみつく。 「リュートさんっ、ごめんね!俺、間に合わなくって…っ」 リュートさんが必死に抱き返してくれる。 「ちがうっ!僕がっあのくらい払い除けられなきゃダメなのにっ、恐く、てっ」 「リュートさんは可愛いんだもん、強くなくていいんだもん~っ!」 「僕っ、鍛える、からっ!皐月くんが心配しなくていいように!」 「皐月、よしよし、分かったから」 「リュートさんはこっち。ほら、ぎゅーっ」 リュートさんと泣きながら抱き合ってたら、悠さんと夏木に引き離された。 夏木に抱き締められるリュートさんを見てたらなんだか胸の辺りがムズムズして、 「悠さん……」 グスグスと鼻を鳴らして、おっきい胸に顔を埋める。 「…鍛えるって、俺リュートさんがマッチョになったらちょっと嫌だな」 リュートさんをその胸に抱きしめながら、夏木がプッと噴き出した。 「そこまでは鍛えないよっ」 「リュートさん、マッチョになっても好きだよ。んー」 唇を寄せた夏木の顔を、リュートさんが手のひらで慌てたように押し返す。 「こーたっ、もうムリ!唇腫れて痛いから!」 「えー?さっきは自分から消毒してキスしてーって」 「っ…功太!皐月くんの前でそういうこと言うなっ!」 「と言うことで広川、リュートさんの唇が腫れてんのは、俺が散々吸い付いたからだ。目が赤いのもそういう事情で泣いたからだな」 夏木がやたらと爽やかな顔で俺に親指を立ててみせた。 恥ずかしかったのか、リュートさんは夏木の肩口に顔を埋めてしまう。 「…皐月くん、……僕は意外とふてぶてしいから…安心して」 ちょっとくぐもった声が聞こえた。 「今、泣いちゃって不細工だから…あんまり顔、見せたくないんだけど……」 そう言うと暫く黙りこんで、やがてゆっくりと顔を上げる。 だけどリュートさんは、俺を真正面に見据えるとすぐにまた顔を下げた。 「皐月くん、ありがとう」 ───違う。頭を…下げたんだ。 「僕の代わりに怒ってくれて、僕の言いたかったこと、伝えてくれてありがとう」 顔を上げたリュートさんは、とっても優しい表情をしていて…… 「でも、皐月くんが女の子にブスなんて言うから、ビックリして思わず固まっちゃった」 ふふっと首を傾げて笑う姿は、とても綺麗だった。

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