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誰より愛の深い人

「あのね、広川君。午前中にうちに香島さんがいらしたの」 「悠さん…が……?」 早苗さんは、少し神妙な顔をして頷いた。 「昨日起こったこと、全部説明してくれたわ。迷惑を掛けるかもしれないって頭を下げてくれた。それから、リュートさん、広川君は被害者だ。責任はすべて、CM制作会社と契約した自分にあるって」 「悠…さん……」 涙がぶわっと溢れ出る。 ヒドいこと言っちゃった 残酷で醜い自分が嫌だ、って、俺は自分のことばっかりだったのに、悠さんはそんな俺のことまで守ってくれて……… 「でね、広川君。香島さんが心ばかりの、って高級洋菓子店の菓子折りくれたから、私もう許しちゃった。暫くお菓子買わなくていいし、助かるわーって思って。お菓子で釣られちゃった」 「あら、それはコンビニスイーツ的には営業妨害だわ」 春美さんが眉根を寄せて、それから机の上にある箱を手繰り寄せた。 「でも、私も香島さんに頂いたお高い和菓子、もう手を付けちゃったのよねぇ」 蓋を開けると、中身が数個減っているのが見て取れた。 「あっ、それも美味しそうですね!」 「私が和菓子好きって言ったの覚えててくれたのよ、香島さん。あれだけイイ男で細やかな気遣いが出来るなんて、ゲイにしておくの勿体ないわよ!私がもう2~30歳若ければねぇ」 「あ、でも…、ゲイの人って、人を気遣うことが出来る人が多いんだよ。多分…沢山傷ついて生きてきてるからだと思う。その中でも悠さんは、一番カッコ良くて、一番…優しいんだ」 「それで、誰より一番、愛が深いのよね?」 深く優しい瞳に、覗き込まれた。 「あっ、…ごめんなさい」 ついいつもの口調で、2人の会話に割り込んでしまったことに気付いて、慌てて頭を下げる。 だけど春美さんが俺を責めることなんてなくて、早苗さんと顔を見合わせると、2人は優しい表情でふわりと笑った。 「ちょっと聞いてよ、皐月くん」 「えっ?あっ、はいっ」 なのに春美さんがいきなり眉根を寄せる。 「香島さんたら、店舗移転するなら費用は自分の会社から出す、なんて言うのよ!」 その言葉に、早苗さんの表情も不機嫌になって春美さんに同意する。 「あー、それ私も言われました!別にそんなんで越したりお金請求したりしないっつーの!」 「そうよ!そんな奴、端からゲイバーの下に店構えないって言うの!」 「それに私、リュートさんと夏木君が2人でいるの見るの好きなのよ。幸せそうで、なんかこっちまで嬉しくなるって言うか。ここから出てったら、それもう見られなくなっちゃうじゃない」 「そうよー。出ていったら、もうあの綺麗なリュートさんやイケメンの夏木君に挨拶してもらえなくなっちゃうじゃない」 「え…夏木、イケメン…?」 「あら、ヒドイ、皐月くんっ!」 「広川君、夏木君は一般的にイケメンの域よ。確かに香島さんと比べちゃったら、…まあ、……うぅん…」 「ははっ、早苗ちゃん、それはヒドイわぁ」 「そう言う春美さんだって笑ってるじゃないですかーっ」 2人は俺に気を遣ってる訳じゃなく、本当に楽しそうに、顔を見合わせて笑っていた。 俺の口汚い一言で、こんなことまで発展してしまったのに…… 怒っていないどころか、こんなに優しくしてくれて……… 「春美さん…早苗さん……っ」 「ん?どうしたの、皐月くん。鼻ダラダラじゃない」 「ティッシュ欲しい?可愛く、ちょーだいっておねだりしてみて」 「っ…ありが、とぉっ……好きーっ」 とうとう俺は、嗚咽を上げて泣いてしまった。 「春美っさんもっ、さな、さんもっ、だい…すき…っ」 「あらあら、どうしましょ。香島さんに怒られちゃうわ」 「あー、でも、広川君から来たんじゃ、しょうがないかなぁ。うん、しょうがない」 「可愛い顔こんなにクシャクシャにして。…ほら、鼻かみなさい。ちーん」 「あっ、いいな、春美さん。私もやりたい!広川君、こっちにもちーん」 春美さんと早苗さんに交互に鼻をかんでもらってるとこに、またドアをノックする音が聞こえてきた。 コンビニ、混んで来たのかな? なつみさん一人にしちゃったから…。 「ごめんなさい、俺もう平気だから、春美さん…」 「あのー、すみません。なつみさんに言われて…」 だけど、ドアを開けて覗き込んで来たのはなつみさんじゃなくて、もっと見慣れた顔。 俺が、イケメンだなんて全然気付いてなかった、フツメンだと思ってた相手。夏木だった。

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