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探偵事務所
【悠Side】
探偵もまた、若い男だった。
やけに落ち着いて見えるが、まだ20代の肌艶が窺える。
背は俺と同じくらいか。彫りが深く、見栄えのいい容姿の、威圧感のある男。
敵に回したくない相手と即時に判断した。
迎えてくれたのは、探偵とは反対に感じのいい男だった。
背は皐月よりも低く、目が大きく可愛らしい顔をしている。
探偵助手、いや、事務の人間だろうか。
はにかむような笑顔でコーヒーを出してくれた。
「コーヒーは大丈夫ですか?他に紅茶や冷たい物もお出しできますが」
「いえ、コーヒーで結構です。ありがとうございます」
「お替わりもお持ちしますから言ってくださいね。ではごゆっくり」
居心地の良い喫茶店にでも訪れた心持ちだ。
探偵と挨拶を交わして、杵築弁護士が作成してくれた書類を渡す。
「杵築弁護士から大まかな話は聞いておりますが、さて…」
探偵が書類を読んでいると、胸ポケットに入れておいたスマートフォンが震えた。
着信は、皐月だ。
「構わなければその場でどうぞ」
探偵がお気にせず、と言うから有難くその場で通話をタップする
「皐月か?」
『悠さん、何かあった?』
俺が『仕事が終わったら連絡して』とだけLimeへ送っていたからだろう。
皐月は少し焦った様子で口早にそう尋ねてきた。
皐月の状況を訊くと、まだ『種崎ゆかりに関するインターネットニュースの件』を知らない様子だった。
なのに矢鱈と可愛くて嬉しくなることを言うから、他人の前だと言うことも忘れて、「愛してる」と告げてしまう。
皐月は妙な声を上げて、文句を言ってきた。
スマートフォンを耳に当てている、と。
恐らく、態と耳元で愛を囁いたのだと思ったのだろう。
胸の内から抑えきれずに溢れ出した想い-言葉-だと言うのに…。
そして皐月に、身に迫る危険と、種崎のツイートは見ないようにと伝え、通話を切った。
「失礼ですが、お電話の相手、男性でしたね」
書類は検め終えたようだ。探偵は何食わぬ顔でそう訊ねてきた。
「ええ」
声が漏れ聞こえたのだろう。隠す必要もない。頷いて見せる。
「書類にある、連れ合い…とおっしゃったお相手で?」
「その通りです」
「当日、現場にいた内の、被害者のパートナーでは無い方の当事者が、貴方のパートナーですか?」
何を意図して訊いているのかは分からないが、探偵の質問を肯定する。
探偵は胸の前で腕を組むと、ふうん、とソファーにふんぞり返った。
「こらっ、雪光!」
もう一人の男に、態度が悪いと叱られている。
しかし、探偵の態度などどうでも良いことだった。
「書類の中にある、こちらがマネージャー本人の物、そしてこちらが先に渡された偽りの物です」
名刺ケースに仕舞っておいた、皐月から渡された二枚の名刺を探偵に差し出す。
「…ほう、これは……」
探偵にも、業界人の知り合いがいるのだろうか。
昨夜、CM制作会社の取締役に連絡をし、ついでに訊ねた偽の名刺の持ち主は、大物歌手のマネージャーを長く務めるベテランマネージャーだった。
「これは使えそうです。お預かりしても?」
「ええ。お好きにお使いください」
杵築弁護士に紹介してもらう際、探偵は偏屈な男だから依頼を受けるかどうかは気分次第なのだと言われた。
断られたらまたいらしてくださいと、そう申し訳なさそうに告げるから、半分期待せずにこちらへ訪れたのだ。
「依頼は、お受け頂けるので?」
未だ7割ほどの期待で訊ねると、探偵は、
「勿論。報復は嫌いではありませんから」
物騒な物言いをして、ニヤリと笑った。
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