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聖母か悪魔か

【悠Side】 3階の住居側の玄関を開けるなり、絶句した。 皐月に連絡を入れたはずが、電話に出たのも迎えに出てきたのも夏木だった。 それはいい。100歩譲って、見逃そう。 可愛い顔を見てホッと出来るかと思ったのに、男臭い奴が出てきた。 …いや、夏木は悪くない。見逃してやろう。 問題は──── 「皐月!」 苛立ちを隠せない声に肩が反応してピクリと揺れる。 「あ、ゆーさん…、おかえりなさーい」 悪気のない寝起きの顔でこちらを向いた。 「ただいま、皐月」 リュートの腕の中から皐月を奪い返して、見せ付けるように唇にキスを落とす。 「お疲れ様です。ごめんね、俺、寝ちゃってた」 「いや。大丈夫か?疲れてるんじゃないか?」 「ううん。悠さんこそ、沢山ありがとう」 「うん?」 「春美さんと早苗さんからね、聞いたよ。俺たちのこと守ってくれて、ありがとう」 自分から唇を寄せると、恥ずかしかったのか直ぐに離し、スーツの胸に顔をすりすりと擦り付けてくる。 寝起きの皐月からいつも香る、春の陽だまりを思わせる香りが鼻を擽って、思わずその髪に顔を埋めた。 「あっ、ダメ!俺まだお風呂入ってないから汗臭い!」 慌てて止めてくるところがなんとも可愛い。 「大丈夫。皐月はいつでもいい匂いだよ」 「だったら悠さんもいつもいい匂いだから、俺、今すぐココの匂い、嗅いじゃうよ…?」 指で股間をツツーッとなぞって、上目遣いで窺ってくる。 誘っているのか、やめて欲しくてやり返しているのか。 俺には煽っているようにしか見えないんだがな。 「皐月はそんなに、俺のココが欲しいの?」 「ちょいちょい!香島さん、そこうちのベッドっスからね!イチャイチャしたいなら帰ってください!」 邪魔が入った。 「そのお前らのベッドで、何故リュートが寝ている皐月を抱き締め、あまつさえキスまでかましていたんだ?」 「だって、皐月くん眠そうだったから」 ふてぶてしい言葉を発するリュートは、しかし聖母のような慈しみの篭った眼差しを皐月に向ける。 「皐月くんの寝顔が赤ちゃんみたいで可愛かったから、ほっぺにキスしちゃった。皐月くん、嫌だった?ごめんね」 「ううんっ!だいじょうぶ!」 皐月、騙されるな。悪魔は天使のフリをして人間に付け入るものだ。 「夏木、お前は止めずに何をしていた」 「え、なんか見てて可愛かったんで、これもアリかな~なんて…ははは……」 夏木は俺と視線を合わせないようにしながら、乾いた笑いで誤魔化そうとする。 こいつは、レズビを愉しむ男と同類の性癖を持つゲイらしい。 「まあいい。皐月、帰るぞ。歩けるか?」 「うん」 手を引いて立たせると、胸にぽすんと顔を埋めてくる。 まだ寝起きで眠そうだな。 風呂のお湯が溜まるまで寝かせておいてやるか。 「んーっ」 首を横に振って目を覚まそうとしている皐月の体を横向きに抱き上げた。 「ゆーさん…?」 「皐月はもう少し寝ていなさい」 「は…い……」 懸命に開こうと頑張っていた瞼が閉じられ、やがて安らかな寝息がたつ。 「夏木、施錠を頼む」 「はい」

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