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俺の所へ来い
【悠Side】
3階にエレベーターは停まらないようにしているから、暫くは5階まで階段で上りそこからエレベーターに乗ることになる。
非常階段のドアの前で一度止まり、夏木に簡単に現状を説明した。
聞き終わると夏木は、皐月の目の前で手を振って完全に寝ていることを確認してから、眉間に皺を寄せて短く溜息を吐いた。
「俺が戻った時、広川、下のコンビニに居たんですよ。なつみさんに言われて事務所入ったら、メチャクチャ泣いてたっぽくて」
「泣いていたのか?」
「まあ。そんで泣き疲れて眠いじゃないかって思うんスけど」
やはり、目の周りが赤かったのは寝ぼけ眼を擦ったせいではなく、
また皐月は今回のことを自分の所為と泣いていたのか……。
「で、春美さんと早苗さんに交互に鼻かまれてました。かわいいーって言って。一瞬広川が小学生に見えましたもん、俺」
「…夏木?どういった経緯でそうなった?」
「広川が、自分の所為だって謝ったらしいんです。で、2人が香島さんから菓子折り貰ったからもう平気って」
菓子折り……?
確かに、菓子折りを持って謝罪に伺ったが……。
「んで、俺が行ったら3人で、フツメン来た、フツメン来たって。なんか爆笑されて」
「取り敢えず、その件は解決、と言うことで構わないのか?」
「はい。解決です。広川の説明じゃ何が有ったんだがよく分からなかったんスけど、まあ、3人で笑ってたんで」
夏木は頭を掻くと、少し困ったように笑った。
「あと、これはなつみさん情報なんですけど、マスコミっぽい男が一人、ずっと外を張ってたそうです。
俺も確認しましたけど、黒ジャケ、白シャツジーパン、多分30代ぐらいだと思います」
夏木からの情報に、わざと遠回りに車で表通りを走らせた際の記憶を辿る。
「…街路樹の下に居たな」
「あっ、多分そいつだと思います」
「わかった。その件も俺に任せてくれるか?」
「はい。よろしくお願いします」
本当は自分が全て片付けたいだろうに…、
夏木は拳をキツく握り締めると、深く頭を下げた。
悔しいんだろ、夏木。
俺が使え得る総ての手段に自分は頼るしか出来ない。
任せるしかない現状。
俺も皐月の有事に、自分が何も出来ない状況になれば歯痒いし、自分が情けなくて呪いたくなる。
それなのに、歯を食いしばって頭を下げられるお前は、立派だと思うよ。
だから俺はお前の為にも、使えるものは使って、100%を超える力でお前たちを守ってみせる。
地位と、金と、人脈を使って。
「夏木。守りたいなら手段は選ぶな」
少し物騒な物言いになってしまっただろうか。
「力が欲しいなら、俺の所へ来い」
「……香島さん…?」
「お前が有能なら、いくらでも上に上げてやれる。無能なら、何十年勤めたところで使いっ走り止まりだけどな」
「ん……、そっスね…」
初めて夏木から前向きな言葉が出た。
それ程までに今回のことは堪えたのだろう。
経営者故 身に付いたものか、天性のものか、俺は優れた者を見つけ出す能力に長けている。
この男の人当たりの良さ、明るさは営業の即戦力になることだろう。良く気が回るし、融通も利く。容姿は嫌味無く老若男女に好かれるものだし、体力や根気もある。流石は元高校球児と言ったところか。
夏木のことは、贔屓目以上に買っている、と言う事だ。
「あっ、でもそしたら、広川はローズですか?リュートさんとの絡みがデフォになるっぽい?」
「………………」
前言撤回。
「やっぱりお前は来るな」
「えっ、ヒッデー!なんで!?」
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