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夏木のいない日[2]

理不尽な佐々木課長の言葉に、心の中でツッコんでいると。 「そろそろ宜しいですか?佐々木課長」 うちの高山課長が顔を上げた。 銀縁眼鏡の奥の鋭い視線が営業課長に突き刺さる。 「おっ、と。なにかな~?高山ちゃん。そんな怖い顔したら、せっかくの美人さんが台無しだよ?」 営業課長はニンマリと口をもたげると、高山課長の注意を待ってたかのようにすぐに声の主に視線を向け、からかうようにチュッてウィンクと共にキスを投げる。 またこの人は、うちの課長をからかって。 美人ってさ、 確かに課長、スラッとシュッてした美貌の人なんだけど…… 「余計なお世話です」 そうそう。高山課長はそう言われるのが大嫌い。 特に佐々木課長に言われた後は、いつも胃薬を飲んでフーフー言うくらい怒ってる。 それ分かってて繰り返しからかうんだから、ほんとにこの人、性質(たち)が悪い! 「それよりも、勤務中です。広川君が迷惑をしているのが分かりませんか?邪魔なのでお引き取り下さい」 「ええ?迷惑だった?広川」 「はい」 正直に答えると、佐々木課長はショックを受けたようで、「えーっ!?」と大きな声を出した。 高山課長の頬がピクピクする。 「佐々木課長がいらしてから、書類が1枚も進んでないんです。失礼を承知で申し上げますと、邪魔です」 「佐々木課長、邪魔です。ご自分の部署に戻って下さい」 「佐々木君、おとなしく戻りなさい。邪魔だから」 ずっと黙って仕事をしていた部長も追い打ちを掛ける。 「しょうがないなぁ…。じゃあ」 佐々木課長は切なそうに溜息を吐いて、帰るのかと思いきや1枚の伝票を差し出してきた。 「広川、これ交際費で切るから、現金貰ってきて?」 うちの隣の経理部を指差す。 「俺が行ってもなかなか出してくれないんだよねぇ。俺、ここで高山ちゃんとお茶しながら待ってるから」 絶句。 それは他部署の人間に頼むことか!? 「………営業の人に頼んで下さい」 「だって誰も居ないんだもーん」 「……………」 俺は心から、夏木に同情した。

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